1-1 競争のビジュアル化

特殊事情を抱えた経営者の、漠然とした話
ユダヤの古い経典のひとつ「タルムード」に「人を傷つけるものに3つある。なやみ、いさかい、空の財布。そのうちからの財布が最悪」とかかれているそうですが、本当にマトを得ています。

私のところに相談にくる経営者といえば「慢性的な赤字で悩んでいるです」とか「数ヵ月後に仕入先や銀行に支払ができないかも」さらに進んで「もうすぐ不渡り」など、経営に問題を抱えている経営者ばかりです。

・・・といいますのも私が国家試験を受けた動機は、このような経営に問題を抱えている、特に中小企業の経営者の方々に、微力ではありますが何とかお役に立ちたいと思ったからで、口づてにいつの間にか広まって、相談に来られる方が徐々に増えていきました。
「赤字が黒字になった」ですとか「債務超過が解消された」さらに「繰越欠損金が一掃された」などと聞くのは楽しいことであり、「経営者の顔が明るくなり」、「落ちていた肩が上がり」、「目に力が付いてくる」というのを見ることは私の喜びでもあります。

 

でも、相談に来られても何からお話を聞いたら良いのでしょう?
問題が整理されていればいいのですが、問題を抱えた経営者は、現状を漠然としか捉えていない場合が多く、問題解決の糸口をつかむどころか、会社の現状について共通の認識を持てることさえ難しいことがあります。
漠然とした現状認識の、漠然とした話を2時間聞いても、やはり漠然としたままです。

何か問題点を明確に浮き上がらせる方法はないのでしょうか?

 

経営者の認識のビジュアル化
アリストテレスが「人はイメージをもとに思考する」と言っていたそうですが、確かにイメージをビジュアル化するとスッキリします。
スッキリした頭で思考すると、スッキリした回答が導き出せます。
そこで、経営者の経営に対する現状認識をビジュアル化するために考案したのが競争曲線です。

「経営者の認識」をビジュアル化するといってもピンとこないかもしれません。
「経営者の認識」を経営者自身が明確に捉えているということはむしろ稀で、まして経営者自身の認識をビジュアル化できるなどとは思っていないのかもしれません。
ですので、「経営者の認識」をビジュアル化して、「これが社長の経営に対する現状認識です」といって差し出すと、経営者は少なからず驚くのです。

「確かにこの通りです」
「それはそうですよ、何故なら社長が言った認識をビジュアル化したものですから」
ある経営者は「漠然と抱いていた会社に対するイメージを、頭にUSBケーブルを繋いでプリンタに印刷したような」と表現していました。

経営者の認識をビジュアル化すると話はサクサクと進んでいきます。
ビジュアル化により問題点が目に見えるようになってくるからです。
そこで、次に行うのが「問題」の整理です。経営者が抱えている「問題」には「原因」と症状があります。

頭が痛いのは原因だろうか症状でしょうか?・・・・症状に決まっています。
熱があるのは原因だろうか症状でしょうか?・・・・これも症状です。
経営者が悩むのは原因についてでしょうか症状についてでしょうか?・・・症状で悩んでいるのです。
競争曲線により「経営者の認識」が、経営者と私で共有できるので、何が原因で、何が症状なのかを一緒に考えることができます。
ではどのようにビジュアル化するかといいますと、経営者の現状認識を「グラフ化」するのです。

 

グラフ発想による競争のビジュアル化
右脳(直観)による戦略発想の重要性を主張する経営学者やコンサルタントは意外と多いのかもしれません。
ボストン・コンサルティング・グループ日本代表の御立尚資氏も右脳発想の重要性を指摘している。
御立氏は思考のスピードをアップする要素として「パターン認識」「グラフ発想」「シャドウボクシング」の3つの要素をあげ、3つの要素の関係を次のような式で説明しています。

  スピード = ( パターン認識 + グラフ発想 ) × シャドウボクシング
(戦略「脳」を鍛える 御立尚資著 東洋経済社 2003年11月 p40)

この式をみて、少なからず驚きました。競争曲線の発想の構成要素は
グラフ発想 ⇔ パターン認識 ⇔ シャドウボクシング
ですので・・・発想そのものが競争曲線とほぼ同じだったからです。

ただし、「戦略「脳」を鍛える」ではグラフ発想とはいうものの、実際のグラフはほとんどなく、グラフ発想による戦略立案までにいたっていません。
競争曲線は、競争曲線はパターン認識、グラフ発想、シャドウボクシングの3つの要素を備え、かつ、これら3つの要素が密接に結合されているのです。

・グラフ発想
御立氏ボストン・コンサルティング・グループの日本代表で、無名の私などと比べ、信頼性と説得力が違いますので、同氏の著作を若干引用しながら説明します。(確かフラクタルの発見者マンデンブロだったと思うのですが、初期の論文で引用が多すぎたために「オリジナリティーがない」といって却下されたそうです。)。
御立氏のグラフ発想の説明は見事です。

さて、御立氏の式ではではパターン認識から始まるのですが、ここではまずグラフ発想から説明します。御立氏は、次のように戦略構築におけるグラフ発想の重要性を強調しています。

・・・そこでさらに思考スピードを上げるために、目の前の事象をグラフ化して右脳でビジュアル的にとらえることが有効になってくる。グラフ化すると複雑な事象を単純に把握できるうえ、グラフを操作してシミュレーションすることが可能になり、右脳思考で仮説を立てることができるようになる。パターン認識とグラフ発想を組み合わせることで、より速く筋の良い仮説構築が可能となるのだ。
(戦略「脳」を鍛える 御立尚資著 東洋経済社 2003年11月 p42-43)

御立氏が言うように。グラフ発想により本当に筋の好い仮説構築ができるのです。

競争曲線では、まず経営者の現状認識をグラフ化することから始めます。
これが「進化する前の競争曲線」です。
そして、競争曲線において、「変異ベクトル」というパターンに沿って競争資源(競争要因)を動かし、「水平攻撃だ!」「垂直攻撃だ!」などと言いながらシャドウボクシングを行うことによって、競争曲線を進化させていくのです(注:あまり攻撃的になりますと競争に負けますのでご注意ください)。
「進化する前の競争曲線」は、「簡単」に「誰でも」作成できるものとなっています。
当初のグラフの作成に要する時間は20分~30分程度。
1時間で15人の経営者の現状認識をグラフ化したこともあります。経営者の現状認識を、非常に簡単にグラフ化する方法(ツール)を用意しています。
このグラフ化により、一体誰と、どのような競争要因(競争資源)で、どのような競争をしているのかが見えてきます。

・パターン認識
御立氏はパターン認識として、コスト系、顧客系、構造系、競争パターン系、組織能力系の5つの側面から、それぞれ重要なコンセプトワード(キーワード)をあげています。
コンセプトワードを知っているだけでも戦略マインドが湧いてきて、戦略立案に有効なのですが、先のグラフ発想とどのように結びつけるかは不明です。

競争曲線におけるパターン認識は、先も述べたとおり「変異ベクトル」です。
競争曲線ではグラフ発想と変異ベクトルという競争資源の動きのパターンそのものが緊密に結びついています(変異ベクトル自体が「戦略論の学説」のパターンを表しています)。
競争曲線ではパターンをつまり変異ベクトルに沿って「グラフ上」で競争資源を動かしてみます。
競争資源を動かすことによって、はじめて戦略的シミュレーションが可能となります。
このシミュレーションを通じて行われるのが、次のシャドウボクシングです。

・シャドウボクシング
シャドウボクシングという表現は素晴らしいと思います。

そして次のステップが仮説検証である。右脳を可能な限り活用して立てた仮説を、今度は左脳を使って論理的に検証する。右脳と左脳を交互に使って、仮説をチェックしながら戦略をどんどん進化させていく。この際には、シャドウボクシングで架空の対戦相手を想定しながらパンチを繰り出していくように、「この仮説はおかしい」「こんな不備がある」という批判者を想定して仮説のレベルを高めていくのだ。
(戦略「脳」を鍛える 御立尚資著 東洋経済社 2003年11月 p43)

しかし、シャドウボクシングで「パンチを繰り出す」というのは一体どういうことでしょうか?・・・戦略は競争資源の動きがともないます。
先にも述べたとおり、この動きは、競争曲線では「変異ベクトル」としてパターン化されています。
そして、戦略におけるシャドウボクシングの「パンチ」とは、ある競争資源を「変異ベクトル」に沿って動かした結果、相手に対してどのような攻撃が出るかということです。
競争曲線では水平攻撃(水平パンチ)、垂直攻撃(垂直パンチ)として表現しています。
競争曲線を描いてはじめて分かるのですが、パターンに沿った競争資源の動きとシャドウボクシングは同時に行なわれるため、両者は融合しており、分離できません。

グラフ発想によって戦略を立案すると、架空の対戦相手だけではなく、「A社」ですとか名前を挙げて具体的な対戦相手を想定してシャドウボクシングを行うことができます。
具体的な対戦相手を想定すると「事業領域」が見えてきます。
実は「競争相手は誰か?」という問いと「事業領域は何か?」という問いはほとんど同義語であったということに気付きます。

 

上級編ですが、対戦相手はあれこれ、それこそ自由自在に換えることができます。
対戦相手は同業者である必要はなく異業種でもよく、むしろ異業種を対戦相手とした方が斬新なアイデアが湧いてきます。

事業所がいくつかある場合には、対戦相手は社内でもかまいません。
成績の良い事業所を「社内ベンチマーク」することにより、全社的にノウハウを共有することができるのです。
また、競争資源ごとに複数の対戦相手を結合した対戦相手を想定することもできるのです。