コラム 棒状の競争曲線

ベンチマークの結果、競争曲線は棒状になるんじゃないの?・・・と想定していましたら、これを裏付けるような研究がありましたので紹介します。
一般的に学者はベンチマークと差別化を、あちらを立てればこちらが立たないという「トレードオフ」の関係でとらえています。マルチプレックスにとらえれば両立しますがそのコツがつかめていないようです。
ヒントはスティーブジョブズが好んで使ったピカソの言葉「偉大な芸術家(非常に差別化されている人)は盗む(なんと模倣する)」です。トレードオフされていないでしょう?

 

ベンチマークの応酬合戦
ベンチマーク合戦により競争曲線は棒状になると述べましたが、企業パフォーマンスの長期的変化を調査した研究もこのことを物語っています。
ハーバード・ビジネススクールのパンカジュ・ゲウマットは692社のアメリカ企業をサンプルとして、1971年~1980年までの10年間の投資収益率を調べました。
上位グループの平均投資収益率は39%であったのに対して、下位グループの平均投資収益率は3%しかありませんでした。
この業績の差は縮まるのでしょうか、それとも拡大するのでしょうか?
9年後の調査では上位グループの平均投資収益率は39%から21%に下がり、下位グループの平均投資収益率は3%から18%まで上昇したのです。
当初上位グループと下位グループの業績の差は36%もあったが、9年後には3%まで縮まってしまったのです。
「その理由は簡単だ」と「なぜビジネス書は間違うのか」の著者ローゼンワイグは言っています。
「模倣、競争、盗用の破壊力」のせいで、高収益は下がるものなのである・・・と。
ライバル企業はトップ企業を模倣し、経営コンサルタントが効率的なノウハウ(ベストプラクティス)を広め、社員は移動します。
定年となった技術者が技術を広めることもあります。
(なぜビジネス書は間違うのか フィル・ローゼンツワイグ著 桃井緑美子訳 日経BP 2008年5月p167-168参照)


相互の模倣によって競争のルールが確立すると競争曲線は棒状になってきます。
どの企業も似たような製品を、似たような販売ルートで、似たような価格で販売すれば「競争の形」が似かよってくるのは当然です。
競争曲線を描いていると分かるのですが、競争が厳しいと感じている会社のグラフは他社のグラフと似かよっています。
他社と同じルールで競争しているため、どうしてもグラフが似てしまうのです。
業績がよく他社との競争に勝っている、あるいは競争を感じていないという会社の競争曲線は明確に「×」のようにクロスし他社との戦略の違いが一目瞭然なのに対して、競争が厳しいと感じている会社では戦略上の明確な違いが競争曲線に現れてきません。

忘れてはいけないのはベンチマーク合戦に明け暮れていると、未来の競争領域から強烈な水平攻撃、垂直攻撃を受けるということです。
未来の競争領域からの攻撃をかわすには、未来の競争領域に積極的に足を踏み出すことです。

先のパンカジュ・ゲウマットの調査では投資収益率が中間に収束する傾向があるということを説明しています。
しかし、当初の拡散の状態はどのようにしてつくられたのでしょうか?
これを予測するのは簡単です・・・・ベンチマーク以外の競争の原理が働いたからです。
「模倣、競争、盗用の破壊力」以外の、創造的破壊(未来からの攻撃)によって当初の拡散がつくられたに違いありません。

棒状の競争曲線を破壊するもの
棒状の競争曲線は業界のルールを無視した侵入者からみれば格好の餌食となります。多くの研究者が企業の独自性が失われるとしてベンチマークを批判しているのもこの点です。
1950年代の半ばのアメリカの自動車産業も棒状の競争曲線となっていました。

アメリカの自動車産業はビッグ・スリーと言われるGM、フォード、クライスラーの寡占状態となり、その後、数十年にわたりビッグ・スリーによる支配が続きました。競争曲線の形状は、同じ競争要因で同じような競争をし、相互の模倣により棒状となっていました

「GMのシェアは1950年代に入ると50%を超えるようになり、フォードやクライスラーは、ゼネラルモータースの意向に沿って活動するより方法がなくなっていた。あまりにゼネラルモータースが強かったから、新型が出る際には、希望する利益を上乗せして価格を決定することができた。他のメーカーはゼネラルモータースが決めた車両価格に追随しなければならなかった。要するに正常な競争ができる状態ではなくなっていたのだ。
ゼネラルモータースの経営者が恐れるとすれば、シェアが拡大して独占禁止法に触れるとして分割命令が出されることくらいだった。そうならない程度に、フォードとクライスラーにもがんばってもらう必要があった。」(欧米日・自動車メーカー攻防史 桂木洋二 グランプリ出版)

このような棒状の競争曲線はかなり危ないのです。
ビッグ・スリーも数十年後に未来からの攻撃があることを知りません。
攻撃する方(日本車メーカー)もまだ巨象の足元を這うアリのような存在でしかありません。

補足
但し、棒状の競争曲線も、ベンチマークを仕掛けた方からすれば成功です。
ベンチマーク導入の動機は競争曲線の左方の自社の弱みの部分で、競合他社から強い垂直攻撃を受け、経営が危機的になったことによる場合が多からです。
そもそも業績がよければ他社を模倣するという動機に欠けます。
模倣は基本的には弱者の理論です。
日本企業をベンチマークした結果、ゼロックスは倒産を免れましたし、米国政府の保護を申請したハーレー・ダビッドソンも倒産を免れ、独自の戦略ポジションを築き上げています。

静態的に見れば確かに競争は収斂の方向に向かい、競争曲線は似通ってくるのですが競争曲線が全く動かない訳ではありません。
ベンチマークは似通った競争曲線を作りながら競争曲線を上方にシフトさせます。
これは競争要因がコスト優位性、性能、品質であれば、より価格を下げながら、より性能がよく、より品質も確かな製品を世に送り出しているということを意味しています。

競争曲線の上方収斂の結果、恩恵をこうむるのは消費者です。
ベンチマークは競争曲線の左方つまり弱みの理論であり、Gハメル&ブラハードやポーター氏の理論は企業の強み、つまり競争曲線の右方の理論で、理論の対象とする競争領域が異なっているのです。