5-3 フォーカス

米国の著名なコンサルタントであるアル・ライズの著書に、一点突破の戦略「フォーカス」という本があります。無駄な事業分野を省いた一点突破のフォーカス戦略は、時に驚くほどの効果を上げることがあります。
(ただし、グーグルなど複数の事業分野を選択して成功している企業もありますし、フォーカスで失敗の事例もあります)

 

泳いで、走って、空を飛ぶ、マルチな動物はいない
「マグロは時速160キロで泳ぐ(PHP文庫)」という本があります。
実際の最高時速は80キロ~90キロ程度ですが、ターボエンジンが2基ついた海上保安庁の高速取締船が40ノット(時速約65キロ)であることを考えると、これでも相当な速さでしょう。
マグロは速く泳ぐことだけに特化しています。
同じ魚でもカレイは時速1キロです(魚のスピードは「財団法人日本海事広報協会HP」参照)。
カレイは速く泳ぐことを放棄しましたが、幼生のときには左右に分かれている目のうち、左目だけをぐるりと右側に移動させ、海底の砂に“横向き”に寝そべって身を隠すという戦略を採用しています。
ハヤブサや燕は、その翼はジェット機の翼のように、高速飛行に向きにデザインされていますが、ダチョウのように速く走れるわけではありません。
馬やチーターは草原を疾走できるように進化していますが、同じ哺乳類でもイルカは水中を泳ぐように進化しています。

水中を速く泳ぎ、空を高く飛んで、草原を疾走する・・・・そんな生物はいません。
何か一つの機能を強化しようとすれば、他の機能をあきらめる、つまり退化させるというのが生物の基本戦略で、ポーターのトレード・オフや集中戦略に通じます。

無秩序な多角化というのは、馬の背中に羽をつけて(・・・この程度は想像できます・・・)しっぽにイルカの尾をつけるという、奇妙な生物を作り上げることに他なりません。
無秩序な多角化は、足し算だけの世界で、引き算がありません。何でもかんでもゴテゴテと足していく・・・これで事業経営がうまくいくわけありません。

ところが企業家は足し算が大好きで、何でもかんでも足したがります。
そして、世間が知る以上に、実際に多くの企業が多角化に失敗してきました。
「失敗」は会社の恥であり、恥は誰でも人に知られたくはないものです。
表沙汰にならずに闇から闇へと葬り去られた多角化は山のようにあります。
私は公認会計士ですので、多くの企業の内情を知りうる立場にあります。
「本業から離れた事業に手を出すと、必ず失敗する」という事実は、私たちの間では、コア・コンピタンス経営という言葉が生まれるずっと以前から既知の事実で、「またかよ・・・」という感じだったのです。

さて、この、無秩序な多角化に釘をさしたのが、ポーターです。
ポーターの集中戦略はコンサルタントにも支持されて、「フォーカス」「一点突破」「専門化」「カテゴリー・キラー」という魅惑的な言葉を生みました。
最も代表的なのが(日本では失敗に終わりましたが)トイザらスでしょう(成功事例は事例はたくさんありますので今後付け加えていきます)。

 

さて・・・
先のアル・ライズの「フォーカス」を読ませますと、
「こんなに事業範囲を狭めて大丈夫なの」
という感想が聞こえてきます。
こういう場合
「そりゃダメかもしれません」
とお答えしています。
「フォーカス」では多角化の失敗事例を挙げて、一点突破というフォーカス戦略がいかに重要かということを説明しています。
しかし「フォーカス」では、フォーカス戦略の失敗事例(会社が消滅しているので忘れられています)や多角化の成功事例は完全に無視するというバイアスに陥っています。

それを承知の上で、フォーカス重要です。
戦略はマルチプレックスですよね。

 

注1)トイザらスは2010年2月ジャスダック上場廃止(米国トイザラスによるTOBによる)。「流通業界が危ない・トイザらス上陸(エール出版社 1991年7月(書棚におかれたまままだ読んでいません)」といわれた割には以前調査したときには大幅赤字でした。
注2)お勧めの本は「フォーカス ダイヤモンド社 アル・リース著 島田陽介訳 1997年4月」です。この本を読むように勧めた経営者が「これでは事業はやっていけない」と言っていましたがお勧めです。
注3)多角化以前はコングロマリットです。バットマン(ウィン産業)、エイリアン、ロボコップ・・・と、たくさんの映画に登場しています。シドニー・シェルダンの「時間の砂」の主人公が目指していたのもコングロマリットだったような・・・かすかな記憶です。
注4)お分かりの通り、フォーカスを絞って成功した会社/失敗した会社、フォーカスを絞らずに成功した会社/失敗した会社があります。研究者は自説に適合した事例を集めますので注意が必要です。