5-1 退化の理論

大きく言えば、環境変動に対応するための事業の縮小・撤退。ポジショニングを明確にするために行う特定事業の縮小・撤退戦略ですが、さらに小さい特定の「競争要因の縮小や廃止」を取り扱う理論です。
企業活動を競争要因に分解すると、何を退化させるべきかが見えてきます。

 

退化=下方進化
人に尻尾があるかというと、痕跡程度しかありません。
以前、スキーで転んだ際に尾骨を打ち、悶絶したことがありますが、このようなとき以外には尾骨を意識することはありません(そういえば、昔プロレスの技で「尾てい骨割り」というのがありました)。
ヒトの体は、尻尾、虫垂、体毛、からペニスの骨(犬や猫でも陰茎骨があります)まで退化器官のオンパレードのようです。

食物を微生物で分解する役目を果たす盲腸は、馬やウサギで大発達しているのですが、人間では退化して、なごり程度に残っているだけです(時折、虫垂炎という厄介な炎症を引き起こします・・・ちなみに最近でこそ盲腸は免疫に関係していると言われるようになりましたが・・・)。
類人猿の方が 人より尾椎の数が少ないようですので、尻尾に関する退化の度合については「犬や猫 < 人 < ゴリラやチンパンジー」となり、人は犬やネコより「退化している」が、ゴリラやチンパンジーより「退化していない」という、人としては何か納得のいかない結果になります。
人は尻尾の「退化」に関しては「トカゲ以上、カエル以下、但しオタマジャクシ以上」とでもいえるのでしょうか。

「退化」というと、それまで持っていた器官や機能が縮小、減退したり、なくなることを意味しますので、何か後ろ向きでマイナスのイメージがあります。
ところが、費用対効果、有限のエネルギーを有効利用するという観点からすると「退化」というのは、これはもう立派な「進化」であり、「下方進化」と呼ばれることさえあります。
ちなみに、変異ベクトルでは下方への矢印(↓)として表現しています。

 

退化の理論の適用される局面
企業は次の2つの局面で、下方進化つまり退化の戦略を選択します。
1. 不況時などにおける事業規模の縮小
2. トレード・オフ。得意な分野を伸ばすために、不得意な分野から撤退する(あるいは手を出さない)

 

1.事業規模の縮小
5年~10年で成長すべきところを1年で成長しようとすると、却って費用がかさみ、フタを開けてみたら大赤字ということは良くあることです。
リストラなしの「年輪経営」”という本がベストセラーにりました。
無理をしない成長戦略には賛同しますし、リストラなしで50年にもわたり成長を継続してきたというのは称賛に値します。
しかし、100年(あるいは数百年)にわたって継続して成長し続けることができるにか・・・というと「?」が付きます。
過去100年をみても、戦争、災害、主力製品の激減などなど、様々な成長を阻止する変動要因があります。

実際に「老舗」はこれらの危機を乗り越えてきました。
どのような手段で乗り越えてきたかは、個人資産の投入、取扱商品の変更、含み資産の売却など危機の種類によっても異なるのですが、危機の種類に関わらず共通して多いのが「事業規模の縮小」です(百年続く企業の条件 帝国データバンク 資料館・産業調査部編 朝日新書 2009年9月 p32)。

「上がったものは必ず落ちる」というのが自然の法理であり、事業の拡大もいつかは壁に当たります。
しかしながら、成長しているときには永遠に成長し続けると考えるのが、私たちのもつ「バイアス」です。

人には様々なバイアスがあるということが、つい最近の経済学(行動経済学)の主要なテーマですが、経営者は成長が永遠に続くという成長バイアスを持っているようです。

実際に小さな実験をしてみました。
かなり大変な作業ですが、数十社の経営者に過去20年の損益推移を作成して頂きました。
売上と営業利益・経常利益を折れ線グラフにすると、過去の損益推移が一目瞭然です。
さて、損益の推移について事情聴取しましたところ、どの経営者も成長期には「このまま成長し続けると思った」とのことです。

成長時には天井知らずに成長すると確信する。
この錯覚は経営者にふつうにみられる現象です。
・・・しかし・・・ネットワークの外部性の王様、あの、マイクロソフトさえ成長の天井にぶつかっています。

複雑系の世界では予想外の出来事は、よくある出来事です。
外部環境が予想外に悪化しているときに、数十年続いた常識である「成長戦略」に固執するのは、ディフェンスのないバスケットボール、守備のいない野球、フォワードだけのサッカー、受身のない柔道(かなりいろいろなものにたとえられます・・・)のようなもので、まっているのは破産です。

老舗は、事業規模の縮小、つまり、ディフェンス、受身を知っていて、市場のゆらぎにしなやかに対応してきました。
成長戦略と継続戦略との間で齟齬をきたす場合があるということを、明確に認識しておく必要があります。

次の事例は私が何度も直面した実話です。
A社は小売り・卸業で従業員30人。
長引く不況に巻き込まれ売上が低迷し、適正人員が20人に「なってしまった」。
営業赤字だがリストラには断固反対で考えていない。
10人の余剰人の人件費は年間600万円×10人=6千万円。
実際の経常損失の6千万円と符合する。
もちろん、このままでは赤字の垂れ流しを避けられない。

A社にはB社という仕入先(製造業)がある。
B社(製造工場)は従業員は150人とA社の3倍の従業員規模。
同じ業界に属するので、B社もA社同様不況にあえいでいる。

さて、A社の社長とB社の社長の会話です。

A社の社長
「資金繰りが厳しいので支払を待って頂けませんでしょうか?(もちろん私の会社ではリストラするつもりはありません・・・そんなの常識でしょう?・・・リストラするくらいなら事業をやめますよ・・・と心の声)」
B社の社長
「え!!!」
A社は予想通り倒産し、B社も連鎖倒産してしまいました。
事業規模の縮小については、ほとんどのコンサルタントや学者が反対していますので、ここではこれくらいにしておきましょう。

2.トレード・オフ
トレード・オフが次回のテーマであり、退化の理論の主要なテーマでもあります。