6-2 競争曲線とSWOT分析・・・ダイナミック(動的)なSWOT分析

 

自社の強みや弱みと思われるものを直接的に抽出するというのが、従来のSWOT分析ですが、これから述べるSWOT分析は、
・まず顧客や同業他社との関連付けて社内の競争要因を挙げ、
・他社との関連で強みか弱みかを判定し、
・実際の行動に移すというダイナミック(動的)
な分析です。

SWOT分析と競争曲線
SWOT分析とは、組織の外的環境に潜む機会(O=opportunities)、脅威(T=threats)を考慮したうえで、その組織が持つ強み(S=strengths)と弱み(W=weaknesses)を評価するフレームワークです。
バーニーは、「ある企業が競合企業に対して競争優位を獲得した場合、これら4つの条件を考慮した結果であることが、いままでの研究でわかっている。(企業戦略論上 ジェイ・B・バーニー著 岡田正大訳 ダイヤモンド社 2003年 12月
p47 参照)」、あるいはその著「企業戦略論」の「第5章企業の強みと弱み」のサブタイトルを「リソース・ベースド・ビュー」(注)とすることにより企業の強み弱みが資源アプローチの本質に関連していることを示しています。
そして、SWOT分析の有用性を評価した上で、次のように強み・弱み、機会・脅威を特定する際のSWOT分析の限界について言及しています。

競争に成功して競争優位を獲得するセオリーは、SWOT分析のフレームワークが含む4つの要素すべてを考慮したものでなければならないと述べた。だが、 このフレームワークの根底には、その有用性を限定するある弱みが隠されている。
すなわち、このフレームワークは企業の戦略が考慮すべき強み、弱み、機会、脅威という4要素の重要性を明確に示しはするものの、企業が自社にとっての4要素が何であるかを実際に特定しようとする際に、その基準や方法についてほとんど何も教えてくれない。
(企業戦略論上 ジェイ・B・バーニー著 岡田正大訳 ダイヤモンド社 2003年 12月 p49)

実際に企業に出向いて、強み・弱み分析の分析を行いますと、ほんの少しの強みと非常にたくさんの弱みが提示されます。
会議室に従業員を集めて、「当社の弱みは何か」とポストイットに書かせてみてください。お茶の代わりにビールでも飲ませた方が効果的です(実際にやってみました)。
10個くらいならまだいい方で、40も50も、それこそ模造紙に貼りきれないほどの弱みが噴出すること必定です。
まるで弱みの展示会で、カネがない、賃金が安い、指示が徹底しない、挨拶が悪い、・・・・etc。弱みと不平不満と混同さえしている場合もあります。
これでは確かに何が強みで何が弱みかを特定することはできません。
競争曲線は、他社との比較を通じてSWOTフレームワークの4つの要素が何であるかを実際に特定する方法を提示しようとするものです。

また、バーニーは次のようにも言っています。

換言すれば、SWOTフレームワークが教えてくれるのは、企業が追求している戦略セオリーを検討するに際し、どのような質問を発すればよいか、ということだけである。すなわち、その戦略セオリーがどのように①自社の強みを活用し、②弱みを回避するか克服し、③機会をとらえ、④脅威を無力化し得るのか、という質問である。しかしこのフレームワークは、「それらの質問にどのようにして答えればよいか」については沈黙している。本章に続く諸章は、まさにSWOTフレームワークが提起するこの4つの質問に「どのようにして答えるか」、という問題への解答を示している。
(企業戦略論上 ジェイ・B・バーニー著 岡田正大訳 ダイヤモンド社 2003年 12月 p50)

SWOT分析が沈黙しているのは、従来のSWOT分析が静的だからです。
競争曲線はSWOT分析のフレームワークが提起する4つの質問に「どのように答えるか」、とういう問題の回答への道筋を『見える化(ビュー)』しようとするものです。
競争曲線の特徴は自社の強み、弱みなどの「相対的」優位性をグラフ化しビジュアルに示すという点にあります。
ここで「相対的」というのは競合企業や代替品などを具体的に想定して、これらと「比較」して強み弱みを見るということです。
しかも、グラフによりビジュアル化されているので強み弱みを感覚的に「見る」ことができるのです。
競争曲線におけるSWOT分析は動的です。ただ漫然とSWOT分析を行った場合に比べ、競合企業、代替品と比較してどの競争資源のスコアをどの程度上げる(あるいは下げる)か、あるいは新競争資源としてどのようなものが考えられるかを前提に分析しますので、具体的なアクションに結びつきやすいのです。

 

(注)リソース・ベースド・ビューと資源アプローチは同意語

 

従来の静的なSWOT分析と、競争曲線における動的なSWOT分析とではフレームワークが若干異なります。ここではフレームワークの相違について述べてみたいと思います。

 

従来のSWOT分析のフレームワーク
競合企業の脅威は外部環境の分析に入っています。
従来のSWOT分析のフレームワークでは競合企業の脅威は他の脅威(企業を取り巻く、政治・経済、技術革新、人口動態など)と同列に取り扱われ、外部環境要因に入っています。
競合企業は企業内部の分析要因には入っていないのです。
これはSWOT分析が2×2のマトリックスを基本にし、マトリックスの一方の軸に「内」と「外」をとったことによる当然の帰結です。
しかし、内部要因の分析だけで、企業内部の強み・弱みを分析できるのでしょうか?
「強い」とか「弱い」というのは、そもそも相対的な概念ですので、競合企業を無視して、強み・弱みを語れないはずです。
強み・弱みとはそもそも競合との関係における相対的地位やポジションを示すものだからです。


同じ島のカメを観察する。
ガラパゴス諸島はダーウィンの進化論の発祥の島々として知られています。ダーウィンは1831年に探検艦ビーグル号に乗りイングランドを出航しました。この航海は1836年まで続くことになります。
ビーグル号は南下して南アメリカを回り、チリの海岸線を北上し、太平洋を横切ってガラパゴス諸島を訪れ、ついでニュージーランド、オーストラリア、南アフリカを経て、イングランドに帰港しました。
5年に及ぶこの航海で、その後進化論へ発展していく契機となったのは、ガラパゴス島でのゾウガメとの遭遇でした。
ガラパゴスの島々は、互いに目で見える距離にありながら、島ごとに本質的な点で異なっていることを発見しました。
別の島に行くと別種のゾウガメがいて、また別の島に行くと別種のゾウガメがいました。島ごとにゾウガメの形の「違い」に気がついたことにより進化論は生まれたとされています。(ダーウィンと進化論 渡辺正雄編著 共立出版株式会社1984年10月より)。
(ちなみに、ガラパゴス島で食用として積み込まれた30頭のゾウガメは、ダーウィン他乗組員によって、ビーグル号上で次々と食されてしまったとのことです。(進化論という考え方 佐倉統 株式会社講談社 2002年3月))

ここで、ダーウィンがガラパゴス諸島のある島のゾウガメだけを観察していたらどうでしたでしょう。同じ島のゾウガメの生態、解剖学的な構造は詳しく観察できたでしょうが、進化論という新しい発見には結びつかなかったはずです。進化論は異なる島のゾウガメを「比較」し、島ごとにゾウガメの形の「違い」に気付いたことによって生まれたのです。

競合企業との違いを明確に意識しないで強み弱みの分析を行いますと、同じ島のカメを解剖するのと同じ誤りを犯すことになります。自社の特徴――強み・弱み――がつかめないのです。
しかしながら、経営資源の強み・弱みの分析を自社のみで行う会社は多いのではないでしょうか。経営資源は他社との比較によって明確になります。
従来のSWOT分析のフレームワークをかえる必要があるか?・・・もちろん・・・・あります。物事を分解して考察する、分解指向の2×2のマトリックスに、あえてこだわる必然性は特にありません。

 

コラム 強み・弱みの考察

・強み弱みはそもそも相対的な概念である
単純な質問です。「あなたは強いでしょうか?弱いでしょうか?」
たぶん、3歳の子供より強いでしょう。でも、全盛期のマイク・タイソン(元ヘビー級世界チャンピオン)よりも弱いかもしれません。しかし、あなたが拳銃で武装していたらマイク・タイソンよりも強いかもしれません。ただし、銃を取り扱うことができたらの話ですが。でも、マイク・タイソンが自動小銃で完全武装していたら?・・・・・・
この話はさらに、あなたが戦車に乗っていたら?マイク・タイソンが対戦車ヘリに乗っていたら?あなたが戦闘機にのっていたら?・・・・とエスカレートしていきます。
さて、これを経営学的にいえば二人の身体能力と武器という競争資源と、競争資源を扱う能力によって競争優位は異なるということです。
ここで重要なのは、強み・弱みは、誰と比べて、どのような資源で(どの程度)強いか、弱いかを論ずるべきです。
従来の「競合企業の脅威」は外部環境の分析に入っているのですが、そもそも、強いとか弱いというのは相対的な概念で、企業内部「のみ」の分析で、強み・弱みを判断するのは誤りです。競合企業と対比することにより、自社の強み・弱みが見えてくるのであれば、「自社の強み・弱み」と「競合企業の脅威」の分析は同時並行的に行うべきです。・強み弱みというのはあいまいな概念である場合もある
先の、あなたvsマイク・タイソンの例は直接闘争の場合の強み・弱みです。直接闘争ですので強いか、弱いかが比較的明確に判定できます。
ここで、もう一つ質問をします。「レンブラントとピカソとどちらが絵がうまいでしょうか?」
・・・評価する者の好みによって異なります。レンブラントが好きな人はレンブラントといでしょうし、ピカソのファンは当然ピカソというでしょう。レンブラントとピカソに共通していえるのは、かなり高度の芸術的センスを持っているだろうとの、評価であり支持です(ちなみに私の家内の好みはレンブラントでもなくピカソでもなくクリムトです)。
槍と自動小銃とどちらが強いのでしょうか?槍と戦車でもいいのですが・・・余程の例外でもない限り、圧倒的に自動小銃が強いと答えると思います。武器の性能は高い方が強いに決まっています。しかしながら、ときには圧倒的に槍が強い場合もあります。強いか弱いかは守るものの本質によって異なります。バチカンの衛兵は自動小銃でも戦車でもなく槍でバチカンを守っています。あなたはバチカンの衛兵が槍でなく、自動小銃や戦車でバチカンを守るべきだと思うでしょうか・・・・自動小銃や戦車ではバチカンの衛兵が守るべき本質を守れません。
強み・弱みは明確に判定がつくときもあれば、明確な判定がつかないときもあるのです。・強み弱みは、それを評価する人間の価値観から切り離せない
強いか弱いかは顧客の価値観にも依存し、顧客の価値観を評価する企業の人間の価値観にも依存します。弱いと思っていたところが実は強みであったり、強みであったと思っていたところが弱みであったりします。特に顧客の価値観の評価は難しく、経営者はいままでの成功要因=強みが顧客にいつまでも評価されているとの価値観に固執しがちです。「イノベーションのジレンマ」は強み・弱みの評価が、それを評価する人間の価値観から切り離せないということを教えてくれているのです。

 

競争曲線におけるSWOT分析のフレームワーク
①競合企業との比較で競争資源を分析する
そこで、従来、外部環境の分析の中に分類されていた「競合企業の脅威」を外部環境の分析から切り離し、「競合企業と比較した競争資源の分析」のフレームワークに入れました。


従来、強み・弱み分析は内向きの視線で行われていました。
これでは同じ島のカメを観察するのと同様の過ちを犯すことになります。
実はこれがSWOT分析の最大の欠点です。競合企業との関連で強み・弱みをみることにより、強み弱みが相対的な概念であることを明確に示しました。

 

②機会・脅威を未来領域とした
来年(あるいは今年)いくつの台風がいつ発生するでしょうか?
いくつの台風が日本のどこに上陸するでしょうか?
実は最新の気象衛星、最新鋭のコンピュータ、過去の膨大なデータを使ってもわからないということが分かっています。
バタフライ効果を発見し気象の長期予想が不可能なことを発見したのは気象学者であるエドワード・ローレンツです。企業の動きも気象に似ているのかもしれません。
コンピュータで将来が予測できるのでしたら、IBMはマイクロソフトにDOSの開発を依頼(正確には共同開発)しなかったはずです。

従来のSWOT分析では企業を取り巻く外部環境の機会・脅威を明確に把握できるという暗黙の了解がるように思われます。
しかし、機会・脅威とは現在、起こりつつある、将来起こる可能性のある現在から将来にかけての、時間の幅のある概念です。
比較的短期であれば予想可能であるかもしれません。
台風が日本に接近すれば何日後にどこら辺に上陸するかの予想がつきます。ですので我々は予報を聞いて台風に備えることができるのです。
しかし、1か月先に発生する台風の進路は予想できません。

経済は気象に似ています。短期的には予測可能であるかもしれませんが、長期的には予測不能です。
倒産案件を扱うことがありますが、このようなときは「いつ頃から倒産を予測できたか」経営者にこっそりと聞いてみることにしています。
3年前に倒産を予測できた経営者は稀です。
売上が倍増している会社の経営者に「3年前に今の状態を想定できたか」を聞いてみることがあります。ほとんどの経営者はできていません。
この経営者に成功の秘訣を聞いてから「なぜもっと早く実行しなかったですか?」と聞いてみますと、答えは決まって「気がつかなかった」です。
政治・経済、技術革新などは予測が困難です。人口動態などについては予測可能であるにしても、実際にいつ行動を起こすかというタイミングが難しく、ベストなタイミングは結果的にわかるのです。
そこで、競争曲線では機会・脅威を「未来領域」と呼ぶことにしました。
「未来」は常に見晴らしがよいというわけではなく、濃い霧に包まれているときもあります。
このようなとき企業は進化的な学習を繰り返しながら霧の中に突入していかざるを得ないのです。

 

競争相手よりも先に未来領域に突入し、機会をつかむ、あるいは脅威を無効にした方が競争優位を勝ち取ることができる(こともあります)。
たとえば、アメリカで70年に制定されたマスキー法は日本の自動車業界にとって脅威とされました。排気ガスを3年から4年で90%も減少させるというこの基準をクリヤーすることは絶対に無理だと考えられていたのです。
一番先に未来領域に突入し、脅威を機会にかえ、一躍名を馳せたのは、GMでもなく、フォードでもなく、クライスラーでもなく、トヨタでもなく、日産でもありませんでした。
オートバイから自動車産業に参入したばかりの、後発のホンダだったのです。
これには業界も驚きました。これにより「エンジンのホンダ」とよばれ、その後のアメリカでの成功に大きく寄与したのです。
ところで、2番手はどこでしょう・・・・?
競争より先に未来領域に突入することです。
出遅れますと未来領域から攻撃が飛んできます。未来領域からの攻撃は宇宙からの攻撃で、夜ひそかに行われ、朝気がつくと壊滅状態ということもあるのです。

 

③競争曲線におけるSWOT分析は動的かつ統合的である。
競争曲線におけるSWOT分析はグラフによりビジュアル化されているということを述べましたが、競争曲線では競争資源の動き=変異ベクトルと結びつくことを前提としています。
SWOT分析不要論もあります(経営戦略を問い直す 三品和弘著 p56)。
しかし、自社の強みや弱みを認識しないで、一体どのように戦略を立てるのでしょうか?
強み弱みをあまりにも静的にみてはいないでしょうか。
戦略は競争資源の動きを伴うものです。
競争曲線におけるSWOT分析は競争資源の動きと結びついています。そして強み弱みを動的に、ラマルク的に進化させるのです。
また、競合企業のほか、新規参入業者、代替品を対戦相手に想定することもでき、売り手、買い手の脅威の状況をこれら(競合企業、新規参入業者、代替品)と比較することによって見ることができます。すなわち、競争曲線ではポジショニングアプローチ(ファイブフォース)も考慮できます。
さらに、他社への影響(水平攻撃、垂直攻撃)を検討することができるので、ゲームアプローチ的観点も入っています。もともと企業の進化は統合的な動きなのですが、研究者によってバラバラに分解されてしまいました。