2 直接闘争と間接競争

相手に対する力の行使が直接的に行われるか、間接的に行われるかという観点から、競争を直接闘争と間接競争に分けてみます。なお直接闘争には、戦闘、格闘という意味合いも含めて「闘争」という語を当てています。

相互に武力を行使する戦争が直接闘争であることは言うまあでもありません。

生存競争は直接闘争と間接競争とが混在しています。混在していますので、完全に直接・間接に分けられないのかも知れませんが、例えば、縄張り争い、捕食者・被捕食者の関係などは直接闘争でしょうし、花が昆虫を誘うのは間接競争でしょう。

戦争や生存競争には直接闘争という側面があるのに対して、意外にも企業間競争は直接闘争のない間接競争です。どんなに競争が激しく、ときには「戦争と同じ」と表現されることがあっても、相手に対して直接的に武力を行使することはありません。
土地の奪い合いで例えますと、戦争では実際に戦ってどちらか勝った方が土地を占領できます。しかし、企業間競争ではどちらが勝つかは「土地」が決めるという、選ばれるための競争になります。このときの土地の選択基準は、兵力かも知れませんし、軍服、兵士の容貌、あるいは兵士の態度や言葉づかいかも知れません。

戦争も企業間競争も同じヒトの行動なのですが、企業間競争は生存競争をはさんで、直接闘争である戦争とは対極に位置する「間接競争」という特質があります。つまり、戦争と企業間競争では競争の原理が根本から異なるのです。松下とソニーが競争しているからといって、実際に殴り合いのケンカを始めるわけでは決してありません。
確かに、ビジネスの書物では戦争の用語が多用されています。しかし、いくら戦争用語が頻繁に使われているからと言って、競争原理の異なる企業間競争に、戦争の基本原理・基本法則をそのまま当てはめることはできません。強引に当てはめて理論を構成しようとしますと、無理な「こじつけ」や「決めつけ」により、かなり歪んだ理論が構成されます。企業間競争は間接競争で、戦争のような直接闘争ではないからです。
ちなみに、進化戦略論では企業の「進化」について考察しますが、生物の「進化」の基本原理を、何の検証もなく企業間競争に当てはめるということはしません。企業間競争と生存競争は似ていますが「系」が異なるからです。

ランチェスターの法則
ランチェスターの法則とは、フレデリック・W・ランチェスター(1866年~1949年)が、航空機が登場した第1次世界大戦の参加機数と損害を分析し。1916年に著書「航空戦」で公表した理論です。(圧勝の発想 辻基祐次 ワック株式会社 1999年12月)
ランチェスターの法則という戦争における理論は、日本においてランチェスター戦略としてビジネスの法則に変貌しました。以下では「ランチェスターの法則」と「ランチェスター戦略」とを明確に使い分けていますので混同しないようにご注意ください。
・ランチェスターの法則・・・・本物のランチェスターの戦争における理論
・ランチェスター戦略・・・・・・ランチェスターの法則を「企業間競争」の基本法則としている経営理論

ランチェスターの法則には第1法則と第2法則があります。どちらの法則も戦闘力は武器の性能と兵員数によって決定されます。

第1法則・・・接近戦 一騎打ちの法則
(軍の戦闘力)=(武器性能)×(兵員数)
武器の性能が同じであると仮定して、青組5人と赤組3人が一騎打ちで戦うと(5-3)で青組が2人生き残るという法則です。次の第2法則に比べて弱者である赤組が有利となっています。

第2法則・・・広域戦 集中効果の法則
(軍の戦闘力)=(武器性能)×(兵員数)2
機関銃など近代兵器を使用した場合の法則で、兵員数が二乗されているということにご注目ください。上の第1法則に比べ兵員数で勝る強者=青組が圧倒的に有利になります。
武器の性能が同じであると仮定して、青組5人と赤組3人が戦うと 52=25 対 32=9 の戦闘力の差で青組が勝利し、青組は4人生き残ります。

ランチェスターの法則で勝利したイギリス空軍
第2次世界大戦でのイギリスとドイツの戦いで、イギリスの勝利は空戦にかかっていたのですが、航空機の数の上ではイギリス空軍の方が少なく、劣勢に立たされていました。両軍の保有する航空機の数を比較しますと次の通りです。
ドイツ空軍の稼働機数2,277機
イギリス空軍の稼働機数644機
単純に機数を比較しても、イギリス空軍は2,277÷644=3.5倍と大変不利なのですが、ランチェスターの法則では機数の二乗が兵力の差となりますので、計算しますと2,2772÷6442=12.5倍と、圧倒的に不利になります。イギリス空軍はランチェスターの法則に従ったシミュレーションを徹底的に行いました。そして、イギリス空軍は、必ずドイツ空軍の「小隊に中隊を差し向け」、ドイツ空軍の「大隊とは戦わない」という作戦をとったのです。この作戦は見事に的中し、イギリスは苦境から脱することができました。
(圧勝の発想 辻基祐次 ワック株式会社 1999年12月)

ラーメン屋の戦いとランチェスターの法則
このイギリス空軍とドイツ空軍との戦いを「企業間競争」で、できる限り忠実に再現してみます。
イギリス社、ドイツ社ともにラーメン屋です(クリーニング屋でも、お茶屋でもかまいません)。1店舗当たりの出店費用は1千万円とします。
イギリス社の手持ち資金2千万円
ドイツ社の手持ち資金7千万円(イギリス社の3.5倍の資金を持っています)
赤色がイギリス社の店舗、青色がドイツ社の店舗です。
公正を期すために店舗の店構えから、味、従業員のサービスに至るまで同じです。

さて、イギリス社の商圏である××町の一丁目にドイツ社(図のド社)が1店舗出店しました。イギリス空軍がレーダーでドイツ空軍を速やかに捕捉し、迎撃したように、イギリス社(図のイ社)も速やかに出店します。
しかも、ドイツ社の隣に2店舗出店します(この戦法は第2次世界大戦でも使われました。米国はランチェスターの法則に従い、零戦1機に対しグラマン2機で戦ったのです)。
一丁目におけるイギリス社のシェアは66.7%、対するドイツ社のシェアは33.3%です。「ランチェスター戦略」では圧倒的にイギリス社の方が有利ということになりますので、空中戦でのドイツ空軍のようにドイツ社の店舗は廃業に追い込まれます・・・・・そんなバカな・・・と思われる方もいらっしゃるでしょうが、それはひとまず横に置いておいて下さい。ビジネス書では「法則」が「現実」に優先されることもあるのです。

一丁目の戦いで敗れたドイツ社は、二丁目に出店します。さて、ここでイギリス社に困ったことが起こります。会計上は同じ固定資産でも、飛行機は自由に飛び回れますが、店舗は空を飛べません。(余談ですが、20トン以上の船舶は動いても法律上は不動産です)。スピットファイヤーでしたら一度基地に帰還し、整備・給油した上で、メーッサーシュミットを再び迎え撃ちことができます。実際に弱者であるイギリス空軍はこのような迎撃を何度も繰り返し、強者であるドイツ空軍を撃破しました
しかし、先にも述べたように店舗は空を飛べません。
・・・・これで、イギリス社の資金は尽き果てました。
ドイツ社は敵のいない二丁目、三丁目、四丁目・・・と自由に出店していくことができます。

一丁目の戦いでも、3店舗並んで同じようなラーメン屋があったら過当競争となって3店舗ともに赤字になり、その赤字額はイギリス社の方が2倍多く(従って2倍不利!)になるかも知れません。「廃業に追い込まれるのは、ドイツ社の1店舗ではなく、イギリス社の2店舗ではないか」というのが経営者の大方の意見です。
店舗は移動できませんでしたが、移動できる屋台だったらどうなるのか?という疑問が出てくるかも知れません。チャルメラ戦争です。しかし、チャルメラ戦争でも不利になるのはイギリス社です。実際の戦争のように銃撃はできませんので、イギリス社の屋台(しかも2台)は、ドイツ社の屋台(1台だけ)を、根気よく追い回すことになります。
これを「規模の不経済」というのですが、「規模の不経済」はランチェスターのどの法則にも当てはまらないのです。「規模の不経済」については後ほどご説明します。
空中戦では非常に有効であった戦法も、ラーメン屋の戦いでランチェスターの法則をそのまま適用しますと現実離れしたもとのとなります。なぜなら、『ランチェスターの法則は戦争における法則』だからです。

ウサギとカンガルーの戦いとランチェスターの法則
ランチェスターの法則は生存競争にも適用できない場合があります。ラーメン屋の戦いだけではなく、次のような、ウサギとカンガルーの戦いにも適用できません。
映画「裸足の1500マイル(原題Rabbit Proof Fence)」は、1930年代、白人の手によって親から引き離されたアボリジニと白人の混血の少女が、ウサギよけのフェンスに沿って1500マイルもの旅をして家に帰るという映画です。
ここで、なぜウサギよけのフェンス(金網のフェンスです)が作られたかという理由です。・・・これは実際に起こった話で、1859年に狩猟を楽しもうとして持ち込まれた24匹のウサギは繁殖に繁殖を重ね1930年代には10億匹にも達したといわれています。たったの24匹が瞬く間に生息地を広げていってしまったのですから「ウサギ恐るべし」です。生物の現象は人間の予測をはるかに超えているかも知れません。(オーストラリア―未来への歴史 島崎博著 2004年12月 p100~106参照) ウサギは害獣となり、牧草や穀物を食いつくしましたので(オーストラリアの歴史 藤川隆男編 有斐閣アルマ 2004年4月 p121)、ウサギよけのフェンスが作られました。
その長さ3000キロ、西オーストラリアの南の海岸から北の海岸を縦断する想像を絶する長いフェンスです。ウサギによく似た有袋類シロオビネズミカンガルーはオーストラリアで最も数多く生息していたのですが、オーストラリア本土では絶滅し、ウサギにとって代わられてしまいました。
ここで、ウサギがシロオビネズミカンガルーを殺して食べたかというと、そのようなことはありません。ウサギは草食動物ですので、このカンガルーをとって食べたりはしないのです。
肉食動物が餌である草食動物を絶滅させるということは通常ありません。餌の草食動物の絶滅は肉食動物の絶滅を意味するからです(ただし、生物の世界は予測不能ですので皆無とは断言できません)。ウサギはこのカンガルーの餌を食べつくしてしまったようです。
この、ウサギとカメならぬカンガルーの繁栄競争にランチェスターの法則を「無理」に当てはめるとどうなるのでしょう?ウサギとカンガルーとの間には一騎打ちや白兵戦はなかったようですので、第2法則を適用します。
当初のシロオビネズミカンガルーの頭数を1億匹とします(1千万でも10億でもかまいません)。
ランチェスターの第2法則でウサギの武器の性能を計算してみますと、驚くべき結果が得られます。計算過程は省きますが、ウサギの武器の性能は何と1兆7千億倍も優れていたことになります。ピンとこないでしょうから武器の性能の差を(ウサギもカンガルーもジャンプしますので)ジャンプ力で計算します。カンガルーには2.5メートル(幅8メートル)もジャンプするカンガルーがいますので、シロオビネズミカンガルーのジャンプ力を控えめに20センチとします。さて、ウサギのワンジャンプは3億4千万キロと計算されました。参考までに太陽までの距離は1億5千万キロです。
生物では環境への適応度が武器の性能とみなせます。しかし、実際にはウサギはほんの少し適応度が高かっただけなのかも知れません。ほんの少しの適応度の相違でも繁栄と絶滅との分かれ道になることがあるというのが、生物の進化競争ではないでしょうか。
ランチェスター戦略では弱者=中小企業は第1法則で戦えと言っています。が、数が圧倒的に少ない弱者=中小企業であるウサギが強者の法則である第2法則で勝ってしまったという奇妙な結果が得られました。
生存競争にもランチェスターの法則が当てはまらないことがあるようです。なぜなら、何度も言うようですが、『ランチェスターの法則は戦争における法則』だからです。

次回は弱者必勝の法則・・・新ランチェスター戦略です。