3 新ランチェスターの法則

弱者の戦略
本物のランチェスターの法則での、弱者である赤組が強者である青組に与えるダメージは、第1法則では3人ですが、第2法則では1/3の1人に激減します。分かりやすいように表にまとめてみました。
特に、弱者である赤組が全員戦死しているという点に注意して読んでください。

 

内  容
青  組
赤  組
赤組の不利さ
当初人数
5人
3人
戦死者
・第1法則
(接近戦)
3人戦死
全員戦死!
かなり不利!
・第2法則
(広域戦)
1人戦死
全員戦死!
非常に不利!
 

弱者である赤組は結局のところ全員戦死してしまうのですが、青組に与えるダメージは第1法則では3人なのに対して、第2法則ではたったの1人となってしま います。弱者(赤組)が強者(青組)に与えるダメージは「接近戦」の方が大きいのです。上の表を見てもお分かりのように、弱者にとっては広域戦より接近戦 の方が有利となります。
ここで、「接近戦」というのは魅力的な言葉です。顧客との緊密な関係をイメージさせるからです。このような魅力的な言葉をコンサルタントが放っておくわけ がありません。そこで、「顧客」を「敵」とみたてて、「弱者は接近戦」ということになってしまったようです。
これには、ランチェスターも驚いたことと思います。ランチェスターの法則は戦争の法則ですので、接近戦の意味するところは本物の「殺戮」であり、接近する のはもちろん「敵」です。しかし「顧客は「敵」でしょうか?「顧客」はあくまでも味方です。なにしろ、味方と接近戦を行えというのですから、ランチェス ターも想定外のことでしょう。
なぜ、味方との接近戦ということになってしまうかというと、間接競争では競争相手に接近し、直接的に力を行使することができませんので、敵との接近戦は無 いに等しいからです。せいぜいできても「ネガティブ・キャンペーン」程度です。そこで、味方との接近戦ということになります。・・・敵はどこかに消えてし まいました。味方との接近戦となると、ランチェスターの法則の「大前提」を否定していますので、もはや法則自体が骨抜きになってしまっていると思うのです が・・・・
「ワシは、味方との接近戦などとは、一言もいっていないが・・・・・・」
ランチェスターのつぶやきが聞こえてきます。ランチェスターの法則の「大前提」を否定して、数式という「形式」だけが成り立つのでしょうか?

 

企業間競争は顧客から選ばれるための競争ですので、顧客との緊密な関係を築くということ(=顧客との接近)は 、ランチェスターの法則が誕生するはるか以前からの商人の「常識」です。規模が小さくても顧客に選ばれれば存続できる。そして、規模が小さい方が顧客との 親密な関係を築き上げること「も」できる、というのは戦争の法則から導き出されたものではなく、企業間競争の「常識」から導き出されるものです。

 

ここでは、このような無理な「こじつけ」はしません。まず、実際の戦争で、「敵」と接近戦をとったらどうなるか、ということをみていきます。戦争のことですので軍事戦略家に聞いてみることとします。

 

クラウゼヴィッツ
クラウゼヴィッツ(1780年~ 1831年)は近代戦争論に多大な影響を与え、軍事戦略の世界では「超」がつくほど有名です。クラウゼヴィッツは「戦争論」で、最終的には「兵士の数が、 勝利を決定するになる」といっており、そして。「今日のヨーロッパでは、才能のある将軍でも、2倍の戦力の敵に対して勝利を得ることは非常に困難なことが わかる」といっています。(戦争論 カール・フォン・クラウゼヴィッツ 芙蓉書房出版 日本クラウゼヴィッツ学会 2001年7月 p201~202)クラウゼヴィッツが思い描いたのは広域戦だとします。先の表で見ますと、広域戦で弱者である赤組が勝利するのは「非常に不利」ということになります。

 

広域戦で不利ならば、接近戦で戦えというのがランチェスター戦略です。しかし接近戦には軍事思想家の孫子が控えています。孫子は次のように、数が少ないこ とは不利であると述べています。あえて言うなら、「非常に不利」から、「かなり不利」に程度が変わっているだけであることがお分かりになるかと思います。

 

孫子
孫子は紀元前500年、今から2500年も前の中国の春秋時代の呉国の軍事思想家です。2500年も前ですので戦争の方法は前近代的な接近戦と考えられま す(少なくとも銃撃戦ではありません)。孫子は謀攻篇で「用兵之法」として戦闘における兵員数について次のように言及しています。

 
十則囲之 味方が10倍であれば敵を囲め
五則攻之 味方が5倍であれば敵を攻めろ
倍則分之 味方が2倍であれば敵を分断し
敵則能戦之 互角であれば戦え
少則能逃之 少なければ逃げろ
不若則能避之 もし全面的に劣っていたら隠れろ
故小敵之竪、大敵之擒也 小部隊の強気は大部隊の餌食になる
 

孫子は戦いの極意は「正」と「奇」(正攻法と奇法の)2つに集約され、「正」と「奇」の2つの用兵の相互作用は状況に応じて無限に変化するとし(戦略論体系①孫子 杉之尾宜生編著 芙蓉書房出版 2001年12月)、戦争というものを包括的に捉えています。この孫子にしても、戦争が基本的に消耗戦であるという本質に従って、「小部隊の強気は大部隊の餌食になる」といっているのです。

 

さて、兵員数で劣る弱者が必ずしも負けることはないという話で、必ず引き合いに出されるのが「桶狭間の戦い」です。
織田信長がたった2千人の兵で、今川義元率いる3万の大軍を破ったというは有名な話です。しかし、これは例外中の例外で、本能寺では、信長は少数の供回りしか連れてきませんでしたので、明智光秀1万3千人の兵に敗れています。
ところで、桶狭間の戦で、もし、信長がたったの24人の手勢で今川義元の軍勢に切り込んだらどうだったでしょうか?逆説的ですが、軍神信長も、戦隊が長く伸びきった今川に勝つためには2千人もの軍勢が必要だったのです。

 

規模の不経済
クラウゼヴィッツ、孫子、そしてランチェスターも、戦争というものが企業間競争と異なる「直接闘争」で、戦えば必ず味方にも犠牲者が出るという、「減数闘争」であるということを基礎に理論を構築しています。
減数闘争であれば、人数が多ければ多いほど有利となります。これを「規模の経済」といいます。
しかし、ギネスブックを開きますと分かりますように、現実には人数が増えれば増えるほど「不利」になっていく競争があります。企業間競争にも、規模の大きさが不利益となることがあります。

 

ポーターは中小企業がひしめくような業界を「多数乱戦業界」(競争の戦略 M.E.ポーター 土岐坤ほか訳 ダイヤモンド社 1982年10月 p259)と呼びました。そして、なぜ業界が多数乱戦になるかの原因の1つに「規模の不経済が致命的」(同p265)であることを挙げ、このような業界でナンバー・ワン、すなわち「圧倒的支配をめざす落とし穴」として次のように述べています。
多数乱戦の原因である業界の構造をすっかり変えてしまうのでなければ、圧倒的支配をめざしてもムダなことである。この変 革をせずに、業界で圧倒的なシェアを手に入れようとしても、まず失敗するに決まっている。多数乱戦の経済的原因があるわけだから、シェアを伸ばすにつれ て、能率は下がり、製品差別化の欠点ばかり出て、供給業者や顧客の移り気に悩まされることはまちがえない。(同p280
ランチェスターの法則は戦争における法則、つまり規模の経済に関する法則ですので、規模の不経済という概念が入っていません。この法則を企業間競争に転用 する場合には、規模の不経済を表す法則を付け加える必要があります。そこで第3の法則を考案しました。二人三脚の法則と名付けましたが、伝言ゲームの法 則、大勢で縄跳びの法則、人数の多い役員会の法則・・・と好きなように呼ばれて結構です。
第3の法則を導入することにより「新ランチェスター戦略」が誕生するかも知れません。
第3の法則は、ランチェスター戦略でいうところの「武器性能」がプラスにもマイナスにも働くという「現実」を表しています。

 

第3の法則(二人三脚の法則)
企業は人数が増えれば増えるほど人と人との調整関係が複雑になり、動きが鈍くなってきます。二人三脚も同様に、人数が増えれば増えるほど参加者の息を合わ せることが難しくなり不利になります(本来、人数が増えますと『n人(n+1)脚』となりますが、ここでは二人三脚とします)。50人はともかく5000 人の二人三脚を想像してみてください。100メートル進むのに何十秒かかるでしょうか?これは、参加者が増えれば増えるほど参加者の調整関係が増えるため です。5000人全員の息が合わなければ前進すら難しいのです。
二人三脚では一人の参加者は参加者全員と息を合わせ、協調関係を築かなければなりません。協調関係が増えれば調整が難しくなります。つまり、二人三脚のス ピードは参加者の協調関係と負の相関関係があります。協調関係が増え、複雑になればなるほどスピードは落ちていきます。これは、企業についても言えること です(断定的で申しわけありません)。
全員が一致して足をそろえて進むには、一人の参加者は参加者全員との協調関係を築かなければなりません。一人の参加者がまったく動かなければ、二人三脚では全く前に進むことができないのです。
そこで、参加者の調整関係を計算してみることにします。
2人の場合、AさんはBさんの動きに合わせ、BさんはAさんの動きに合わせますので、相互の調整関係が1となります。参加者が増えると調整関係が増えていき、3人の場合には調整関係は3となります。参加者が4人になると、調整関係は一気に6に跳ね上がります。
図を見てお気づきかと思いますが、調整関係の数は、人数と対応する正多角形の辺と対角線の数と同じ数になります(たとえば4人→4角形、5人→5角形)



参加者n人の二人三脚の調整関係は正n角形の辺と対角線の数と同数です。正n角形の辺と対角線の数は次の算式で求めることができます。
(n-1)×n/2
そこで、参加者が増えた場合の二人三脚の調整関係を計算してみることにします。
参加者 調 整 の 数
2人 (2-1)×2/2 = 1
3人 (3-1)×3/2 = 3
4人 (4-1)×4/2 = 6
50人 (50-1)×50/2 =1,225
5000人 (5000-1)×5000/2 = 11,122,500
 

2人で行った場合に比べ、50人で二人三脚を行うと、調整関係の数は1,225倍になり圧倒的に不利になります。これを5000人で行えば1千100万倍と「絶望的」としか言えないほどに不利となり、ほとんど前に進まないのがわかります。
従って、企業も人数が増えれば増えるほど調整関係が級数的に増えますので、圧倒的に不利となるのです(本当かどうかの判断はお任せしますがドラッガーは 「本当だ」といっています)・・・・・・・この二人三脚の法則を企業間競争に当てはめるということについて、ランチェスター戦略の論者は反論できず、反論 しようとすると自己矛盾に陥るはずです。なぜならばランチェスター戦略の論者もこれと全く同じ論法――ある条件下で成り立つ法則は他の条件下でも必ず成り立つ(お分かりのように、本当は成り立たないかもしれない)――で戦争における法則を企業間競争に当てはめているからです。
さて、中小企業は動きの鈍くなった大企業の周りを素早く動き回り、敵を翻弄します。ゲリラ戦です。ゲリラは一騎打ちなどしません。中小企業には、毛沢東が明確に言っているように、「ゲリラは人民の大海を魚のように泳ぎ、敵をしてこの大海に溺れさす」 (ベトナム戦争 アメリカはなぜ勝てなかったか 三野正洋著 ワック出版部 1999年3月 p43)というような戦いが良いのかも知れません。・・・・・・ただし、軍事の法則は明確ですが、ご使用に当たっては十分に気をつける必要があります。

 

ちなみに、ヘンリー・ミンツバーグは次のように言っています。
軍事格言には面白く、それでいて役に立つものが隠されている。しかし、明確であると同時に曖昧である言葉には、注意しなければならない。そこで、われわれの“格言に関する格言”を紹介しよう。
・ ほとんどの格言は、その意味が明確だ
・ 意味が明確な格言は、実は無意味ということもある
・ 意味が明確な格言は、意味が明確な格言と矛盾する可能性がある
(たとえば、力を集中させながら、同時に柔軟性を保て)
ということで
・ 格言には注意せよ
(戦略サファリ ヘンリー・ミンツバーグ ブルース・アルスとランド ジョセフ・ランベル著 齋藤嘉監訳 1999年10月 p93~94)
軍事格言、しいては「戦略」と「戦術」を明確に区別することが、企業経営にとってそれほど重要ならば、上場企業の経営者の履歴は軍人で埋め尽くされるはずで、企業家を目指す若者が進む道はMBAではなく士官学校への入学なのですが、実際にはこのようになっていません(クラウゼビッツも孫子もビル・ゲイツにはなりませんでした)。
ランチェスターはその巧妙な戦術によりイギリスを勝利に導いた後、事業家を目指します。ランチェスター戦略が企業戦略にそのままあてはまるのでしたら、ランチェスター自身が事業に失敗しているという事実をどのように説明するのでしょう????
「陶朱猗頓の富」というのは「莫大な富」ということを指します。この「陶朱」というのは越の名将「范蠡」の後の名です。軍人でビル・ゲイツになったのは范蠡くらいなものではないでしょうか。ちなみに范蠡は戦争論とは程遠い「商訓」を遺し、華僑の間で伝承されています。

  1. 3
    . 名無し さん
    2014年8月6日21:21 ID:MjUyNjQ1O

    コメントありがとうございます
    次のように補足しておきました
    最近の日本の大企業を見ておりますと 2人三脚の法則も企業間競争に応用(適用)できるかとも思っています

    「ある条件下で成り立つ法則は他の条件下でも必ず成り立つ」
       ↓
    「ある条件下で成り立つ法則は他の条件下でも必ず成り立つ(お分かりのように、本当は成り立たないかもしれない)」

    なお、この引用はミンツバーグの引用です。

  2. 2
    . take さん
    2014年8月2日07:58 ID:MjkwMzk3N

    非常に興味深く読ませていただきました。

    「ある条件下で成り立つ法則は他の条件下でも必ず成り 立つ――で戦争における法則を企業間競争に当てはめている」と書かれていますが

    ランチェスター戦略は「戦争における法則を企業間競争に当てはめている」というよりは、「戦争における法則を元に、企業間競争応用した」というのが実際のところです。

    問題はむしろ「ある条件下で成り立つ法則は他の条件下でも必ず成り立つ」と書かれている部分です。

    ランチェスター戦略の著書を数多く読んでいますが、このように表現されているものを見たことがありません。どこかでこのように書かれていますでしょうか。

    「戦争における法則を企業間競争に応用(適用)」したからと言って、「ある条件下で成り立つ法則は他の条件下でも必ず成り立つ」に結びつけるのは、あまりに強引な論理展開と感じます。

  3. 1
    . バモ さん
    2013年2月23日00:46 ID:NDU2MjQxM

    そうですかねぇ。LTCMの興亡など経済の神(ノーベル経済楽章受賞者)、ソロモンで猛烈に稼いだトレーダー達のファンドが何故失敗したのか、経営学的には分析めいたものを読んだことがないので何ともいえません。同時に経営学が万能とも思ってません。80年代のポーターの議論がいまだに我が国において幅を利かせていつこと自体不思議です。まあ私も人のことは言えませんが、戦略論派でJCワイリーの「戦略論の原点」にある、戦争は発生を防止することができず、想定外のことが発生し、敵をある程度コントロールし、
    重要なことは現場の兵士が重要であるが最終権限は司令官が決定する。そのうえで、戦闘の「重心」をいかにうつすかがカギ打倒ものです。ポエニ戦役のハンニバル、大スキピオの戦略を考えれば得心しました。

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