2-3 ロレックス vs クオーツ・・・ローテクの逆襲

機能的あるいは技術的に圧倒的に優位に立つ製品が出てもブランド品は負けるとは限りません。
クオーツ(の腕時計)は機械(式腕)時計よりも機能面、技術面で圧倒的に優位に立ち、多くの機械時計を駆逐しました。

クオーツを開発したのはセイコーで、1970年頃から市場に出回りました。
クオーツショックと呼ばれるものです。
クオーツはアメリカの時計メーカーをほぼ壊滅させてしまいました。

映画「7月4日に生まれて」(1993年)で主演のトム・クルーズが着用し、歴代の米国大統領が愛用しているタイメックスは健全なようですが、トム・クルーズは本当はG・ショックのファンであるとのことです。

ちなみに、このクウォーツショックを引き起こしたのは大企業ではなく信州の小さな町工場です。
映画「あゝ野麦峠」でも語られているように、信州の諏訪は生糸で栄えた町なのですが、化学繊維の登場で悲惨なまでに廃れていました。
諏訪を東洋のスイスにできないか・・・商店街の時計店の店主が抱いた夢でした。
1961年当時、クウォーツの時計は既に開発されていたのですが、高さが約2メートルもあるタンスのような時計で、とても「腕時計」になるような代物ではありませんでした。

味噌蔵を改造して時計作りを始めた諏訪精工舎(現セイコーエプソン)は、1961年、この田舎町の工場でクウォーツ式の腕時計を開発するという途方もないプロジェクトがを開始し、とうとう成し遂げてしまいました・・・・タンスを腕に乗せてしまったのです。

クオーツはスイスの時計メーカーにも大きな打撃を与えました。
以前、時計といえばスイスでした。
スイスの時計業界は、ピーク時の1970年頃は世界市場の42%を占め、1620社あった企業が1980年代末には570社、つまり約3分の1に激減してしまいました。
その後の1985年には、スイスのシェアは6%、日本は23%、香港は47%と大きく変化しました。(ベンチマーキング入門 高梨智弘 生産性出版2006年5月)

しかし、クオーツも、ロレックスをはじめとする、ブランド力を持つ一部の機械時計に有効な攻撃を与えることはできなかったのです。

正確性
モノサシ、スピードメーター、体重計、電量計・・・・ハカリにもいろいろありますが、時計は時を計るハカリです。
常識的にみれば「ハカリは正確な方がいいに決まっている」ですし、私もそのように考えます。
正確性は時計の命で、いかに正確な時計を作るかが時計の進化の歴史でした。
機械時計ではゼンマイの力でテンプという振り子を動かします。
テンプの動きの周期は一定で、機械時計ではテンプの動きを秒針に伝えることによって、秒針が時を刻みます。
このテンプは1秒間に3回~10回程度振動し、振動数が多いほど正確に時を刻むことができます。
いいかえると、テンプを1秒間により多く動かすことが腕時計の正確性の追求の歴史でした。
機械時計の1秒間の振動は10回程度ですが、音叉型に加工されたクオーツ(水晶)の振動数は1秒間に3万回に達します。
振動数10対3万とでは、正確さにおいてクオーツの方が圧倒的なのが分かります。
クオーツでは月差±15秒程度なのに対し、最近の電波時計(クオーツ+電波時計)にいたっては年差≒0秒どころか100年経っても(正常に動いていれば)年差≒0秒です。
一方、ロレックスの日差は15秒~20秒程度で、初期設定では「進む」方向に調整されているようです。
私もロレックスを持っているのですが、買った当初は1日20秒『程度』進んでいました。『
程度』というのは日によって進み具合が違うからです。
代理店に行って調整してもらいましたら10秒程度になりました。
帰り際、代理店の人に
「機械時計は『必ず』狂います。置き方によって進んだり遅れたりしますので、置き方によって調整してください」と言われました。
つまるところ、機械時計は時計をはめている手で吊皮をもつか、カバンをもつかで微妙に進んだり遅れたりしますので、完全に正確な腕時計を作るのは不可能ということになります。

ネジ巻きの排除
機械時計を止まらないように維持するのは実に面倒なのです。
ある会社に機械時計の好きな経理部長がいて、カバンの中にいつも3つくらいの時計を丁寧に入れて、昼休みになると順番に時計を振ってネジ(ぜんまい)を巻くのが日課となっていました。
機械時計は2日程度腕にはめていないと止まってしまいます。
金曜の夜に時計を外しますと、月曜の朝には確実に止まっています。
機械時計の好きな私の友人は、ワインダー(ワインディング・マシン)なるものでネジを巻いています。
ワインダーにもこだわりがあるらしく、2本巻き式で3万以上のワインダーを使用しています。
ネジ巻きは時計に興味のない人にとっては面倒なことこの上ないない作業です。
クオーツでは1回の電池交換で数年は持ち、時計が止まるということは意識しません。
私の持っているクウォーツはソーラー発電しますので電池交換さえ不要です。

価格優位性
1975年(昭和50年)頃にデジタル式のクオーツを買ったことがあります。
1969年発売のクオーツは45万円とのことでしたので、随分安くなっていましたが、それでも3万円近くしました(はっきりとは憶えていませんが当時の私にとっては大枚でした)。
かなり頑丈な作りで、重い割には、機能は時計表示だけでした。
先日、上海に行った際、成田の免税店で、マイルドセブンを2カートン買ったら、クオーツが1本おまけで付いてきました。
クオーツはこの30年余りで、値崩れと言って良いほど安くなっています。
ちなみに、私のクウォーツは電波+ソーラー発電なので8万円台と若干高めです。
一方、ロレックスは数十万円~数百万円もします。
価格優位性は量産効果の効くクオーツの方が圧倒的に優位です。

機能の多様性
ロレックスの三大発明はオイスターケース、パーペチュアルそしてデイジャストです。
オイスターケースとは、金属の塊から削りだしたケース、ねじ込み式の裏蓋、かぶせる様にねじ込む竜頭のことで、これにより防水性が高まりました。
パーペチュアルというのは自動巻きのことで、デイジャストとは時計の日付が0時になると一瞬に切り替わる機能のことです。
これらの機能は当時としては斬新だったのですが、今のクオーツの機能に比べれば大したことはありません。
2000年頃にに買ったGショックに付いていた機能は本当に多く、ストップウォッチ、アラーム、温度計、高度計、方位計etc・・・・実は、機能が付き過ぎて使いこなせませんでした。
防水にしても、ロレックスは何年かすると防水が甘くなります。
私のロレックスの場合、10日に1回程度、時間を合わせていたので、竜頭の部分の防水が甘くなっていました。
無謀にもメガネスパーの前のメガネ洗浄器でロレックスを洗浄したところ、浸水した水がガラスに結露し、曇りガラスのようになってしまいました。
竜頭をゆるめて石油ストーブの前に半日置いていたら水分は蒸発したらしく、その後5年経動いた後に、とうとう止まってしまいました。

正確性、ネジ巻きの排除、機能の多様性などによって、クオーツは機械時計を強烈に攻撃しました。
より上位の機能で攻撃された場合、下位の機能の製品は姿を消すという原理が戦略論の常識で、この原理に従って、レコードやテープレコーダー、フロッピーディスクが市場から姿を消してしまったのです。
しかしながら、ブランド力があれば上位機能からの攻撃をはね返す『こともある』のです。

大学のキャンパスを歩いていると気が付くことがあります。
今の学生は腕時計をしません。
携帯(電話)で時を見るのです。
そもそも腕時計以前には懐中時計でしたので、携帯を電話の付いた懐中時計と定義し直せば腕時計から懐中時計に回帰するのも十分に考えられます(しかし、新しい懐中時計を作っているのは時計屋ではなく電話機器のメーカーで、しかも最近の携帯は電波時計でもあります)。
携帯からの攻撃は未来領域からの攻撃です。
携帯が出る以前、時計メーカーはまさか携帯が脅威となるとは思ってもみませんでした。
これから数年、毎夏半袖の季節が来ると、若い人たちの腕から腕時計が年々消えていくのを見ることになります。
腕時計は代替品である携帯から攻撃を受けています。
この攻撃がどの程度のものとなるかはわかりませんが、学生の腕を見るとかなりの規模になることが予想されます。
現時点ではロレックスは携帯から攻撃を受けているとは思えません。
といいますのも、ダイヤモンドのついた携帯ですとか、純金の携帯などありませんし、携帯はステータスシンボルとしては不向きなのです。
ロレックスの今後の戦略はマイナーチェンジであり100年後も基本的に変えないことであると思えるのです。

補足・・・ローレックスは変化しているのではないか?
デザインチェンジはしていますが、マイナーチェンジです。
ムーブメントは今後も変わらないのではないかと思われれます。「今、ロレックスを買って50年後に修理に出しても部品は絶対にある」(ロレックス好きの私の友人の言葉です)。
余談・・・・日本ではあまり知られていないのですが、実は今でもロレックスはクウォーツを生産しています(ロレックス・オフィシャルサイト)。
しかし、百貨店や量販店の時計コーナーを見渡しても、クウォーツのロレックスをみることはまずありません。商品の陳列棚に何が置かれるかを決めるのは、最終的には顧客の選択だからです