雰囲気、味、従業員の態度などについての満足度を調査するアンケート調査では、自社の満足度だけではなく、コンペティター分析(競合他社分析)が行われることがあります。
調査結果は自社の期待度と比較されるほか、競争業者とも比較され、調査結果をグラフ化し改善事項が検討されます。
架空のレストランのアンケート調査の集計結果を検討しますと・・・・
・店の雰囲気
期待に反して結果が良くない。
早速競合他社へ偵察に行く。
他社の店舗は新築に近く、店舗内の壁紙などの内装も傷んではいなかった。
他社に比べ当社の店舗は建物の老朽化が目立ち、また壁紙も一部剥がれている。
外壁を塗装しなおすとともに壁紙をはりなおす。
・味
他社の料理人はホテルのコック経験者で、こちらは家庭料理の発展版。
ハッキリ言って味については自身がなかったが、予想以上に高く評価されている。
家庭料理の味を自信を持ってアピールする。
・従業員の態度
従業員強力には力を入れているが、予想より若干下回ったので、引き続き努力する。
・料理のボリューム
予想以上に少ないことが判明。ご飯の量を若干増量するとともに、野菜を増量しボリューム感を出す。
ブルー・オーシャン戦略は、「たぐい稀なる価値を持った」製品・サービスを生み出し、競争状態から抜け、青い海のような澄んだ状態を創造するという戦略です。そこでもコンペティターとの相違を比較するために「戦略キャンパス」に「価値曲線」というグラフが使用されています。この「価値曲線」も先のアンケート結果の集計グラフをもとに開発されたものと思われます。
アンケートの集計結果と価値曲線、これらはいずれもマーケティング戦略でいう製品の「ポジショニング」に関連します。
マーケティング戦略では、まず年齢や性別、地域その他の基準で市場を細分化することから始めます。
細分化された全ての市場を対象としたのでは漠然とし過ぎていてインパクトのある商品開発はできません。
そこで例えば30代でリッチな女性ですとか、年配のカップルetcなど標的市場を設定します。
さて、次にポジショニングですが、ポジショニングとは標的市場との関連で、競合より魅力的に映るように自社の製品を位置づけることをいいます。
その標的を狙っているのは自社だけではなく競合も狙っているかもしれません。
標的を狙ってポジションをとるというと、なにか物陰に隠れて獲物を銃で狙い撃つというイメージがあるかもしれませんが、これとは真逆で、獲物から撃たれやすい場所に立つのです。
つまり、標的から見て競合よりも自社の製品の方が魅力的であり、自社の製品を選択してもらいやすいように標的の心の中に自社の製品を位置づける、これがポジショニングです。
みごとなポジショニングの例としてカップヌードルがあります。
日清食品がアメリカでカップヌードルを販売するに当たって、ラーメンではなくスープというポジションをとりました。
ラーメンですとアメリカのスパーでは、異国のマイナーな食品として棚の端に追いやられてしまうのですが、スープですと棚の目立つところに置かれる、と考えたからです。
・・・・そして製品(Product)価格(Price)販売促進(Promotion)流通(Place)などの要素を戦略的に組み合わせていくというマーケティング・ミックスに移ります。
さて、ポジショニングですが、ポジショニングは教科書的には2軸のポジショニング・マップで行います。ポジショニング・マップは製品の特性を説明するのには単純明快で有効な表なのですが、次のような欠点があります。
まず、2軸の選定には、相互に独立性が高いような組み合わせが必要になります。例えば、品質と価格を軸の要素に選定したとします。
品質が良いものは価格も高いのが通常ですので、両者には相関関係があります。
このような場合常に右上がりのポジショニング・マップとなってしまい製品の特性をうまく表現できません。
2軸の選定には、それぞれの独立性が高いような組み合わせが求められるのですが、最適の軸を見つけるのは専門家でも難しいのです。
また、ポジショニング・マップは多様化した顧客のニーズを反映することができません。
ノートブック・パソコンでは価格、処理スピード、画面の綺麗さや大きさ、デザイン、耐久性、重量、通信環境、添付ソフトなどが挙げられます。
さらに、ネットブックやiPadなどのようにノートブック・パソコンと呼んでよいものかどうか迷うようなものもあります。
製品特性が多様化している場合には、その中から2つの要素を選定するのは困難になります。あえて2つの製品特性を選定すると、選択から漏れた製品特性を見逃してしまうことになります。2軸から漏れた特性は比較の対象にもなりません。
ポジショニング・マップは単純明快ですので、製品のプレゼンテーションには有効なのですが、マーケティング戦略策定のツールとしては無理があります。
「ブルー・オーシャン戦略」で提唱されている「価値曲線」は2軸で表されているポジショニング・マップを多軸で表現したものといえます。
多軸で表現されますので多様化した顧客のニーズを取り込むことができ、新製品の開発に際して、製品特性を多方面から検討することができます。
さて、この「価値曲線」なのですが、作成するのが意外にというか相当難しいのです。
といいますのも、競争の激しいレッド・オーシャンから、いきなり競争のない未知のブルー・オーシャンに跳んでいくというものなのですから当然です。
現状から出発していませんので、跳んでいった先が砂漠かどうかわかりません。
「ブルー・オーシャン戦略」では目の覚めるような素晴らしい事例の「価値曲線」が多数取り扱われているのですが、ほとんどが後付けの成功事例のものとなっています。
目の覚めるようなアイデアで「成功しなかった」あるいは「失敗した」事例――こちらの方が多数派です――の「価値曲線」も、成功事例のそれと同じくらい独創的なのですが、こちらの方は取り扱われていません。
つまり、「成功事例の寄せ集め」という現象がここでも起こっているのです。
グラフでビジュアル化するというのはすばらしいのですが、再現性あるいは汎用性が・・・ないのです。
何人かの経営者に作成を依頼しましたが「新製品の開発には使えるかもしれないが、事業戦略への拡大適用は無理」との答えが返ってきました。
遠く離れた場所にでも跳んでいくことができるポーゴー(棒の先にバネがついた一本棒で竹馬に似たホッピングの一種)を想像していただきたい。自然界では、離れた場所に一跳びすることは、生殖による遺伝子の変化を意味する。生殖による遺伝子の変化は、DNAの突然変異よりも急進的に遺伝子レベルでの改造を仕掛ける、いわゆる自然のメカニズムによる適応歩行と考えられる。このメカニズムのメリットとして、いまいるその地域でいちばん高い山頂からより高い山頂へと一気に移動することができる。デメリットは、霧のためポーゴーがどこに向かって跳ぶのか事前に予測することができないことだ。谷に着地してしまうかもしれない。・・・・・・・・・・・遠くへ跳べば跳ぶほどいまより低い場所に着地してしまう可能性が高い。 (MITスローン・スクール 戦略論 マイケル・A・クマノス コンスタンチノス・C・マルギデス編 東洋経済新報社 p210 2003年12月) |
これは、「MITスローン・スクール
戦略論」の「複雑性のもとでの戦略策定」という章から抜粋したものです。この記述に従えば、できる限り遠くに跳ぶという「戦略キャンバス」とそこに描かれている「価値曲線」は複雑性のもとでは適さないと思われるのです。
現状を前提としない新製品の開発などでは有効かもしれませんが、現状から出発する事業戦略には不向きなのです。
「競争曲線」は競争の激しいレッド・オーシャンを前提に、レッド・オーシャンでどのように生き残るか(そしてあわよくばブルーオーシャンに逃げ込めるか)?を考えるツールです。
問題を抱えた中小企業の経営相談で、現状打破のための方策を経営者と一緒に考えるために考案したものですので「価値曲線」とはコンセプトが根本的に異なります。
そこで「価値曲線」と「競争曲線」の違いを簡単に述べてみます。
1 「競争曲線」は現状から出発している
競争曲線では経営者が漠然と持っている現状に対する認識をグラフ化することから出発します。このグラフ化は誰でも簡単にできるものでなければなりませんので、作成のための簡単な質問を用意しました。
2 SWOT分析
バーニーは競争優位を獲得するセオリーとしてSWOT分析の必要性を述べているのですが、このフレームワークには企業の戦略が考慮すべき強み、弱み、機会、脅威という4要素の重要性を明確に示しはするものの、企業が自社にとっての4要素が何であるかを実際に特定しようとする際に、その基準や方法についてほとんど何も教えてくれない
(企業戦略論上 ジェイ・B・バーニー著 岡田正大訳 ダイヤモンド社 2003年 12月
p49)
・・・・と、SWOT分析の限界について言及しています。
競争曲線は企業の強み、弱みをグラフ化し、何が企業の強み、弱みとなっているかを不完全ながらも特定(完全な特定は無理と考えています)する際の基準と方法を意識しています。
ブルー・オーシャン戦略の価値曲線は製品特性に注目していますので、SWOT分析は特に意識されていません。
3 競争曲線は動的である
サッカーなどではフォーメーション表を使って、選手の配置と動きをシミュレートします。競争曲線は戦略策定おいてこのフォーメーション表の役割を果たします。SWOT分析で競争資源を分析したら、競争曲線を使って競争資源をどのように動かすかをシミュレートします。
競争曲線は動きの伴うフォーメーション表であるのに対して、価値曲線は選手が動いた後のフォーメーション表であるといえます。
4 競争曲線は事業戦略に関するものである
価値曲線は多軸のポジショニング・マップであると述べたように、マーケティング戦略に関連しています。
競争曲線は競争の構造(顧客価値と顧客価値創造能力)に注目し、企業の競争資源をどのように動かすかという事業戦略に関連しています。
5 ケースの統合
似たような競争は似たような形となる。競争曲線では、様々なケースを形として見ることができ、ケースの違いを比較できます。価値曲線ではこのような比較はできません。