1-補足 ビジネスと戦争の競争の混同 競争の銃撃戦モデル

競争嫌いは世界的な傾向であり、その中でも特に競争嫌いの日本人なのですが、こと戦略論をとなると、企業が銃を持って、互いに叩き合うという「銃撃戦モデル」が最も受け入れられているというのですから、何とも不思議な現象です。

 

日本で戦略論を学んだ方ならば一度は「ランチェスター戦略」という言葉を聞いたことがあるでしょう。この日本で一番有名で、日本で一番本屋の棚を占領し、日本で一番信奉されている「ランチェスター戦略」が拠って立つ競争原理が、何と「銃撃戦モデル」です。

「ランチェスター戦略」では「銃撃戦モデル」が、企業間競争を説明しうる唯一絶対の神のような競争原理となっています。

 

ためしにインターネットで「ランチェスター戦略」と検索してみてください。
いかに多くのコンサルティング・ファームがこの理論に拠って生計を立てているか、その膨大な数に驚くことでしょう。
日本を代表するような著名なコンサルティング・ファームが採用する競争の基本原理も、何とこの奇妙な「銃撃戦モデル」です。
「銃撃戦モデル」を信奉するコンサルタントの数はたぶん世界一。「このモデルが日本のほとんどの経営コンサルタントの家計を支えている」といっても過言ではありません。
世界で一番協調的で、世界で一番競争嫌いの日本人が、いざ戦略論を学ぼうとすると、皮肉にもこの「銃撃戦モデル」という、およそ現実離れした闘争的な競争原理に従うしか選択肢がないというのは、皮肉としか言いようがありません。

このモデルがいかに現実離れしているかは経営者に次の質問をしてみると、即座に判明します。万一競争の原理が本当に銃撃戦モデルであるならば(ランチェスター戦略では本当の銃撃戦を想定しています)、質問の答えが全て「YES」となるでしょう。

「ライフルは持っていないのはわかりますが、あなたのカバンの中にピストルは入っていますか?」
「それではナイフは?」
「入っていませんか・・・それで同業者と競争しようというのですか?・・・・鉄パイプか金属バットくらいはもって営業に行くでしょう??」
「ところで、ライバル会社の社員を、最近何人殺しましたか???」
かなり控えめに「殺したことはないにしても、客の奪い合いでライバル会社の社員を殴ったことはあるでしょう????」

と聞いても答えは全て「NO」です。

銃撃戦モデルからの主張は「この理論は単なる絵空事ではなく、実戦で鍛えられ、戦争という史実に基づく理論であるから非常に現実的である」というものです。
ところが経営者にお聞きすると、実は実戦で使われたことなど一度もありません。
銃撃戦モデルを主張するコンサルタントに
「それでは、銃撃戦を実際にみたことがあるのですか?」
と聞いても、日本の場合答えは絶望的に0(ゼロ)に近いのです。
日本では、銃の所持は法律で禁じられていますので、銃さえ手にしたことがない経営者やコンサルタントがほとんどです。
いたとしても、グアムや韓国の射撃場でほんの数発、紙の的に向けて撃っただけで、人に向けて発砲するなどということはないのです。
銃撃戦あるいは戦争のモデルがビジネスに本当に有効であるのならば、ビジネスに関わろうとする者が行くべきなのはMBAではなく士官学校・・・ということになります。

 

先日、出版社の方と喫茶店で待ち合わせて、お話しした時のことです。
「ランチェスター戦略というのは日本固有のローカルな戦略論ですよね?ランチェスター戦略というのは日本にしかないと、何人もの大学の教授が言っていました」
「そう、そう。外国のビジネスマンンにランチェスター戦略と言っても全く知りませんね。海外の書籍を見渡してもランチェスター戦略という単語は出てきません。でも、アメリカにも1980年代に、これに近い考え方があったのですよ」
「え~そうなんですか」

コトラーは「マーケティング3.0」で、1980年を代表するマーケティング・コンセプトとして「マーケティング戦争」を挙げています(コトラーのマーケティング3.0 フィリップ・コトラー ヘルマワン・カルタジャヤ イワン・セティアワン著 恩藏直人監訳 藤井清美訳 朝日新聞出版 2010年9月 p52)。
「マーケティング戦争」の著者はアル・ライズとジャック・トラウト。
この二人は「ポジショニング」という革命的コンセプトを打ち出した、全米一・・・ということは世界一・・・のマーケターです。
ちなみに、同氏らが提唱した「一番手の法則」(私も素晴らしい法則だと思います)はランチェスター戦略でも採用されています。

 

「マーケティング3.0」に対比して「マーケティング2.0」と呼ばれるようなった、これらのコンセプトの特徴は「細分化して占領せよ」です。
消費者は受動的なターゲットであるということを暗黙のうちに前提としている・・・これが、現代のマーケティング理論の主流です(コトラーのマーケティング3.0 フィリップ・コトラー ヘルマワン・カルタジャヤ イワン・セティアワン著 恩藏直人監訳 藤井清美訳 朝日新聞出版 2010年9月 p17参照)。
銃撃戦モデルはこれをさらに徹底化したもので、消費者は意志も感情もない『土地と同じ』ものとして描かれています。

 

さて、「マーケティング戦争」に描かれている銃撃戦モデルをちょっと見てみましょう。
この銃撃戦モデルは意外にも強力な説得力があり、私がこのモデルを使って企業間競争を説明すると、聴衆はほぼ全員納得してしまいます。強力なパンチ力です。

 

次のような銃撃戦を想定します。
・青組には兵士が27人いて、赤組には18人の兵士がいたとする。
・一回の一斉射撃で弾が当る確立は3分の1とする。
当初は、27:18で、青組は赤組に対して兵員で1.5倍有利であるに過ぎません。さて、銃撃戦の始まりです。

①最初の一斉射撃
最初の一斉射撃で、青組は27発撃つから9発命中します。白組は18発弾を撃ちますので6発命中します。
(このような、戦闘においては、先に撃たれたら銃を撃てないではないか?という、もっともな疑問を持たないことが約束事となっているようです)
最初の一斉射撃の結果、生き残ったのは、次のように青組は21人となり、赤組は9人となります。
青組 27人-6人 =21人
赤組 18人-9人 =9人
当初、青組は赤組の1.5倍の兵力だったのですが。なんと、最初の一斉射撃で2倍以上の兵力となるのです!!銃撃戦においては、兵士の数が多い方が圧倒的に有利です。
さて、最初の一斉射撃で、青組は21人生き残り、赤組は9人生き残りました。

この銃撃戦を図にしてみました。戦死した兵士は白丸で表現しています.
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②第2回目の一斉射撃
次に、第2回目の一斉射撃です。赤組は21発ちますので7発当ります。赤組は9発撃ち3発当ります。先と同様に生き残りを計算してみます。
青組 21人-3人 =18人
白組 9人-7人 =2人
何と、たった2回の一斉射撃で、青組18人対赤組2人、青組の兵力は、赤組の9倍となりました。

③第3回目の一斉射撃
クライマックスは3回目の一斉射撃です。青組は18発撃つので6発当りますが、赤組は2人しか残っていませんので1発も命中せず全滅してしまします。
青組 18人-0人=18人
赤組  2人-2人= 0人・・・・全滅

ここで、戦死者の数について考えて欲しいと言いますので、言われたとおりに戦死者の数を検証してみることにします。
青組の戦死者 当初27人-生存18人=戦死者9人
赤組の戦死者 当初18人-生存 0人=戦死者18人
言われたとおりに生存者を検証してみますと、なんと、優勢な青組は、劣勢な赤組の半分しかダメージを受けていません!!!
(マーケティング戦争 アル・ライズ ジャック・トラウト著 酒井泰介訳 株式会社翔泳社 2007年4月参照)

(この、銃撃戦を機関銃でやると兵士の2乗倍で圧倒的に青組の方が有利となります)
確かに兵力で優勢に立つ青組の方が圧倒的に有利です。そして、戦争の理論にもとづくコンサルタントは、何の検証もなく、これをビジネスにあてはめます。
小さな会社が大きな会社に勝てなかった事例をたくさん挙げ、この銃撃戦における兵員数の差による優位性を何の疑問もなく主張しています。実際に、大きな会社の方が有利なので、事例には事欠きません。
この銃撃戦ついての話はさらに続きがあります。この銃撃戦は、平地での銃撃戦です。敵が防御を固めていたらどうなるでしょうか?
「塑壕でうまく防備した敵や高所を制している敵に対し、正面攻撃を成功させるには、少なくとも3倍の兵力を有していなければならない」というような結論になります。

戦争の理論にもとづく比喩はかなり明快なで、かつ、説得力がありますので、一瞬、誰でも納得してしまいます。
実際に、この銃撃戦を経営者の集まりで実演したところ、何と全ての経営者が納得してしまいました!!!
「これが実際の戦争で何度も検証されている、事実に基づく競争原理なのですよ」
「そうなのですか・・・わかりました」
という感じです。

しかし、どこかおかしいのではないでしょか???・・・・・
どこがおかしいか検証してみる必要があります。
最初の青組27人、赤組18人という兵員数についての仮定は特に問題はなさそうです。単純に人数の問題ですので、27人の会社、18人の会社があっても自然です。
3発撃って1発当る、という確率に関する仮定も、ちょっと分かりづらいのですが、訪問販売などのようにアポイントに対する、ある一定範囲内の成約率の関係が認められるものもありますので、よしといたします。

しかし、最初の一撃で、死人がでるのでしょうか?
赤組を実際の会社に見立てると、朝18人が会社に来て、終業時間には9人に人数が減っていることになります。1日で9人戦死です。仕事をしていて殺されるのですから殉職といった方が良いかも知れません。
3日目には全社員が殉職してしまいます。この理論に従えば、ビジネス街の東京の八重洲や大阪の船場などは、毎日、ビジネスマンの死体の山となります。

ビジネスの書物には戦争の理論が氾濫しています。戦争の理論の中にも、リーダーシップなど企業間競争に照らして導入できるものと、全く見当違いのものがあります。
見当違いでも説得力がありますので注意が必要です。
しかし、このように従業員が毎日のように殉死する会社が求人広告を出したらどうなるでしょうか?誰も応募がないに決まっています。
実際には存在し得ないのですが、本屋に並ぶ経営の書物に「当然」のように書いてあります。
戦争と企業間競争を比較しますと、企業間競争が選択の理論に支配されているという、競争の本質が明確に見えてきますのでしばらくお付き合いください。

赤組の会社も、青組の会社も、社員の解雇、定年退職、転職、会社の倒産がない限り、10年経っても人数はそのままです。
戦争の理論は、経営戦略でも使えるものも多いかもしれませんが、この「兵士の数に関する理論」については、理論の根本が間違っているのですから、これから 演繹される理論は全て間違えです(しかし、銃撃戦をわざわざ引き合いに出さなくても、ビジネス上は大会社の方が通常は有利です)。

 

そして、「サラリーマンが戦死する」という、およそ現実とはかけ離れた「大前提」そのものが、この種の理論の致命的欠陥となります。
この点についはのちに触れることにしましょう。
しかし、それにしても、サラリーマンが、軍服を着て、自動小銃を肩にかけて出勤しているのを見たことがあるでしょうか??