1-補足 ビジネスと戦争の競争の混同 道徳と経済一体の競争

それでは実際に経営者はどのような競争をしているのでしょうか?
これはかなりの難問で、あれやこれやと考えていたのですが、頭の中で考えをめぐらしていても答えは出てきません。
「それが分かれば苦労しないよ・・・」という感じです。
ところが、気が付けば答えを求めるのはいたって簡単で、あれやこれやと悩まずに、経営者自身に「どのような競争をしているのですか?」と聞けばよかっただけなのです。しかも、経営者自身に聞くのですからこれほど確かなものはないでしょう。
ただし、単刀直入に「どのような競争をしているのですか?」と聞いても、なかなか答えてくれません。商売を始めると、好むと好まざるとにかかわらず競争に 巻き込まれていきます。
ところが、実際には競争はしているのですが、日常慣れ親しんでいる仕事で「競争をしている」という実感が経営者にはないのです。
そこで、答えを聞き出すために、聞き方を変えてみることにしました。
聞き方を変えるだけで面白いように答えが返ってきます。
「競争なんて大っ嫌いだ!!」という経営者も、実は「仕入先を競争させるのは大好き」だったのです。

 

書店で「選択力」という本が平積みされていましたので衝動買いをしてしまいました。
ノーベル賞学者のH・A・サイモンの「意思決定論」について書かれた本 であり、著者(小山氏)によると「人生は選ぶ・選ばれるの連続である」とのことです。
同氏はどんなに重要なことでもサイコロを振って決める人を「やけくそ 村」の住民と言っています。
サイコロを振って仕入先を決める経営者まずいません。
仕入先はよく吟味して決めませんと自社の信用まで失墜しかねないのです。トヨタやNTTなどの名門企業に直接口座を開く(直の仕入業者となる)というのはかなりの難関で、企業は明らかに仕入先を選んでいます。
それではどのような基準で仕入先を選んでいるのでしょうか?
経営者の集まりで、実際に経営者自身に聞いてみました。
「仕入先としてどのような会社を選びますか?」と質問をして、経営者の答えを、プロジェクターで映し出したエクセルの表に書き込んでいきます。
表中の「品質がよい」「経営状態が良い」「信用できる」などが経営者が実際に挙げた『仕入先として選ぶ基準」です。
この他にもさまざまな基準で仕入先を選んでいます。
「粗悪品」「倒産寸前」「詐欺かもしれない」など『仕入先として選ばない基準』は、経営者の答えの反対の概念を、私が即興で付け足したものです。
あるスーパーなど、店舗の改築を倒産が懸念される建設会社に依頼して、案の定建設会社が倒産して、改築期間が一年も伸びて大きな損失を食らい、これが遠因となり倒産してしまいました。
・・・仕入先(この場合は建設会社)の選定はホントに重要です。

 

 道or経 仕入先として選ぶ基準 仕入先として選ばない基準
 品質がよい  粗悪品
 経営状態がよい  倒産寸前
 熱意ある社員  冷めた社員
 信用できる  詐欺かもしれない
 適正価格  ボッタクリ
         
 顧客から選ばれる基準  淘汰される

ここで
「仕入先を競争させているのですから、顧客から競争させられても仕方のないことですよね」
と付け加えますと
「そりゃそうだ」
「ま、そう考えるのが公正(フェア)ですね」
という答えが返ってきます。

この『仕入先として選ぶ基準』が実は『顧客から選ばれる基準』です。この選ばれる基準の分量や質、組み合わせで競争するのが企業間競争です。
スポーツで例えますと、ボクシングよりもフィギアスケートに近いのがお分かり頂けると思います。
フィギアスケートも立派な「競争」なのですが、トリプルアクセルを観て「闘争」をイメージされる方はいないかと思います。「確実」や「典雅」も採点基準です。

ちなみに、現在活動している企業で『仕入先として選ばない基準』に分類される企業を思い起こすのが意外に難しいということに気付きます。
粗悪品を売る会社や偽造を平気で行うような会社などが存続できる訳がなく、既に淘汰されているからでしょう。

日本では二宮尊徳翁が「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という言葉を残しています。つまり道経一体(道徳と経済は一体)だということです。せっかくここまで表を作成したのですから、この点についても経営者に質問して確かめてみることにしました。
ちなみに、経済学の分野では、「強欲は善であり、利己心は美徳である」というABM(アメリカン・ビジネス・モデル)の「規範」が長い間主役だったのですが、リーマンショックを契機に利他性、公平性、信頼性の基礎となる『徳性』などの重視といったパラダイムシフトが起きており、『道徳』という言葉が経済学 の本で頻繁に使われるようになってきています。
最近発表されたコトラーの「マーケティング3.0」でも『選ぶ基準』に「環境への配慮」を挙げるなど、行動経済学の影響を色濃く受けたものとなっています。

 

さて、質問開始です。
「選ぶ基準」からどちらかというと「道徳」を連想するか「経済」を連想するかを判定して頂きます。表の「道or経」がそれです。ここまでで、「選ばない基準」を除いて私の意見は入っていません。「選ぶ基準」も「道or経」も経営者自身の生の声です。
表を見ますと「道」と「経」が混在しているのがわかります。つまり、経営者は「道経一体」で仕入先を選んでいます。選ぶ基準=選ばれる基準ですので、企業間競争には道徳的な要素が入っています。
経済学者のハイエクが
「資本主義は、われわれが、理性的洞察力とは別に、様々な道徳を伝統によって授けられて持っていることを前提にしています。それは進化によりテストされてきたものですが、われわれの知性によって設計されたものではありません。」
と言っています(ハイエクハイエクを語る 名古屋大学出版会 p60-61)。

さて、企業間競争を顧客の「選択」をめぐる競争であるというとすると、企業は顧客の選択を得られやすいように「変異」するという企業間競争の構図が浮かび上がってきます。
「変異」と「選択」?
どこかで聞いたことがある言葉です・・・・ダーウィンの進化論です。この「変異」と「選択」こそ、進化論の根幹をなす基本原理なのです。