ゲーム・アプローチといっても、ゲーム理論でいうところの「ナッシュ均衡」がビジネスで成立するという経営学者はいないようです。
・ゲーム・アプローチ
「外」の「過程(プロセス)」に着目するアプローチです。
ポジショニング・アプローチは高収益の原因を企業の外部環境にあるとしました。ただし、この外部環境は与えられたものです。そこで、他社と競争するばかりでなく、協調などもして、高収益を生む外部環境を積極的につくってしまおうというのがゲーム・アプローチです。
ゲーム・アプローチは他の3つのアプローチにみられない特徴を持つことになります。
① ゲームの参加者は誰か
ゲームを理解するためには誰がゲームに参加しているかを知ることが当然重要となります。
ゲームの参加者が見えなければ、ゲームのルールもわかりませんし、ましてゲームのルールを変えるということはできません。
② 他社への反応と他社からの反応の重視
自社の行動が他社へどのような影響を及ぼし、他社がどのように反応するかということは重要なことです。このような企業間の相互関係の連鎖を重視するというのがゲーム・アプローチの特徴です。
③ 「協同関係」の重視
まず第1に他社との「競争」だけではなく「協調」関係もあるということを明らかにした点です。
他のアプローチでは「協調」を必ずしも十分に議論されていませんでした。
「競争」だけではなく「協調」も明示したというのがゲーム・アプローチの特徴です。
第2に競争することにより、各競争企業の各々の利益が増大する可能性があるということを示した点です。
この場合には競合企業も「敵」ではなく、協調して売上を増やす「味方」と考えられます。
「ゲーム理論で勝つ経営」の著者であるA・ブランデンバーガー&B・ネイルバフは競争(コンペティション)と協調(コーペレーション)を合成して、コーペティション(co・opetition)という造語でこのような特徴を表しています。
コーペティションという言葉の意味は、競争に対する次のような対照的な考え方をみると、より鮮明に理解できるかと思います。
「自分が成功するだけでは不十分だ。相手が失敗しなければならない」 vs 「自分自身が輝くために、他人の光を消す必要はない」 (ゲーム理論で勝つ経営 A・ブランデンバーガー&B・ネイルバフ著 嶋津祐一・東田啓作訳 日経ビジネス文庫 2003年12月 p15~16) |
価値相関図(Value Net)
ゲーム理論をとりいれて戦略論を解説している、ブランデンバーガーとネイルバフは、価値相関図(Value Net)という分析枠組を考案しました。
ポーターのファイブ・フォースでは敵対関係にあるものしか描かれていないのに対して、価値相関図では補完的生産者が描かれています。
また、プレーヤー相互の関係も「市場のパイを大きくするために協調し、パイを配分するときは競争する」と、競争だけではなく協調も重視しています。
この、価値相関図は、ネットワークを構成するノード(プレーヤー)間の競争と協調の関係を示したもので、価値相関図は原文ではValue Netと、「Net」という表現を使っています。
もともとネットワーク(ネット)ですので、この価値相関図もセレクション・システムを変形すると簡単にあらわすことができます。
さて、なぜセレクション・システムを変形するとファイブ・フォースや価値相関図となるのでしょうか。
ポーターのファイブ・フォースもブランデンバーガー&ネイルバフの価値相関図もネットワークのノード間の関係の特徴を――無意識にあるいは意識的に――ネットワークで表現しているからです。
ネットワークの捉え方が異なりますので異なる図になっていますが、両者は対立する概念ではなく、ネットワーク自体がファイブ・フォース的側面と価値相関図的側面をもっているということです。
従来、両者を関連付ける枠組みがありませんでしたので、両者は全くの別物として扱われてきました。
ハーバート・A・サイモンは「複雑なシステムがしばしば階層的な形態をとる」(システムの科学 ハーバート・A・サイモン パーソナルメディア p220)と指摘しています。
セレクション・システムからファイブ・フォースや価値相関図が現れるというのは、セレクション・システムがこれらを内包する一段上位のシステムだから、ということになります。
青島・加藤教授は、ファイブ・フォースと価値相関図が異なるということを指摘しています。
これら2つの図式では、事業戦略を考える上で、当該企業に重大な影響をもたらす外部要因(Aでは5要因、Bでは4要因)がまとめられている。そのためか、挙げられた要因がかなり重複している。一見すると、図を90度回しただけのような、類似した図式のように見えるかもしれない。 だが、この2つの図式の背後で考えられていることには、大きな違いがある。 (競争戦略論 青木矢一 加藤俊彦 東洋経済社 2003年3月p119) |
ファイブ・フォースと価値相関図は、先ほどの象でいうなら、「壁」と「木」ほどの違いがあります。
「壁」と「木」・・・・「槍」と「うちわ」でもよいのですが・・・・これらはそれぞれ象の持つ部分的・象徴的な特徴をあらわしていますが、これだけでは永久に統合できません。
なぜなら象はこれらの、相互には相いれない特徴を、併せもっているからです。
象をセレクション・システムに言い換えるなら・・・・・
セレクション・システムの競争的側面を強調してみると、セレクション・システムはファイブ・フォースのようになります。
また、競争的な側面の他に協調的な側面も強調すると、セレクション・システムは価値相関図のような形になります。
つまり、両者は同じネットワークを――それぞれの考えの背景に従って――「変形」したもので、「同じ事象を異なる局面から見たものである」ということができます。
・ゲームア・プローチは他の戦略的思考を補佐するもの
さて、実際の戦略論でポジショニング・アプローチとゲーム・アプローチが対立しているかというと、そのようなことはありません。ゲーム・アプローチはそれ単独の学派というよりも、戦略的思考を手助けする考え方ととられているようです。
ゲーム理論は、単純な疑問が許される状況下で、貴重な洞察を提示する。 たとえば、ある航空会社は、すべての航空機をボーイング社のような1つの強力なサプライヤーから購入し、業務の最適化を図るべきだろうか? それとも、エアバス社からも航空機を購入し、ボーイング社の力を比較検討する方が賢明だろうか? ゲーム理論は、必ずしもこのような疑問に対して、はっきりとイエスかノーという答えを提示しない。 その代わり、状況を変えるためのさまざまな条件の入れ替えや組み合わせを体系的に検証するのである。 残念ながら、大半の実社会における戦略的な問題は、多くの可能性を含んでいる。 ゲーム理論者が「支配的な戦略」と呼ぶ、他よりも望ましいとされる戦略が存在することは稀である。 したがって、このアプローチが戦略的な問題を解決するものではなく、むしろ戦略家の思考を手助けするもの、特に競争相手に対するダイナミックな戦略的画策を理解するための、コンセプトを提供するものと捉えるべきである。 (戦略サファリ p115) |
2人・ゼロ和ゲームの理論は、解が見つかる――さらにいえば、あまねく容認される解が見つかる――という点で異常といえる。 一般に現実の問題はすぐに解答が得られない。 ……モートン・デービス『ゲームの理論入門』(桐谷・森訳) * ゲームの理論は、熱烈な歓迎を受けたにもかかわらず、その信奉者が期待したような成果をあげられなかったし、またしばしば馬鹿げた使い方をされてきた。 ……ブラッドリー&ミーク『社会のなかの数理』(小林・三隅訳) * プレイヤーを明らかにすることなしには、また選択肢、結果、効用を明らかにすることなしには、「会理的な戦略的考慮」はできるすべもない。それ故に、実際におこる紛争は、非常に特異な場会の外は、ゲームの理論を有意義に応用する研究の対象とはなりえない。 ……A・ラパポート『現代の戦争と平和の理論』(関寛治編訳) * ゲーム理論を理解しよう。ただし、実生活と混同してはいけない。利得表で遊ぼう。ただし、生活の指針にしないでほしい。合理的になろう。ただし、ほどほどに。 ……バラシュ『ゲーム理論の愉しみ方』(桃井訳) * 分析の結果の最終判断は人間であり、ゲームの理論やコンピュータが主役なのではない。 ……松原望『ゲームとしての社会戦略』 * ゲーム理論を学習するにあたって第一に大切なことは、ゲーム理論特有の「ものの見方や考え方」を修得することである。 ……岡田章『ゲーム理論』 (ゲーム理論で「戦略脳」を鍛える まえがき) |