経営戦略論が対象とする事象を考えてみてください。
気まぐれな消費者&野心的な企業家が紡ぎ出す多様な企業行動・・・100年以上も前より非常に多くの知識人から「そんな訳ないと」言われながらも、これで秩序が生まれるのですから不思議です。
スーパーに行けば肉や魚、野菜が買え、温泉に行けばリラックスできる・・・これは立派な秩序です。
そして、企業行動を編纂するのは自己主張の強い個性的な研究者。
気まぐれな消費者 × 多様な企業行動 × 個性的な研究者
・・・分裂しない方が不思議です。
経営戦略論の混乱は必然といえば必然で、学べば学ぶほど迷路にはまってしまいます。
人は多様な事象に直面すると、まず対象物を分類するという習性があるようです。
この分類には、食べられるものと食べられないもの、危険なものと危険ではないものなど、時に生命にかかわることもありますので、分類するという習性は、どこか進化の過程で習得したのかもしれません。
他の社会科学でも見られるのですが、経営戦略論の分野でも、理論の多様性に直面して、研究者は「分類」するという方法で対処しています。
分類というのは似た者同士を寄せ集めて整理することを意味します。分類することにより対象物の多様性が多少は緩和されますので、きれいに分類されていると、何故か統合されたような気分になります。
実際にインターネット上で、「経営戦略論の統合」と「経営戦略論の分類」を同一視している記載もありました。
ところが、全体という大きな事象から見ますと、分類というのは小さなピースを大きなピースに分解しなおすというという作業です。
さらに、分類の背後にあるのは分析という思考で、事象を徹底的に区分して、区分された事象の特異点を浮立たせて、相互の相違点が強調されます。
これでは、理論間の溝を埋めるどころか却って対立を深める結果になるでしょう。
実際に戦略理論の対立は解消されるどころか、一向に収まる気配はありません。
対立が解消された状態を「統合」と考えるのならば、戦略論の「分類」というのは「統合」と反対の方向を指すことになる、ということを念頭に置いておく必要があります。
ヘンリー・ミンツバーグは「戦略サファリ」(東洋経済新報社)で戦略論が展開されてきた歴史的背景を軸に、戦略論を10の「スクール」に分類しています。
青島・加藤両氏は戦略論を4つの「アプローチ」に分類しています(競争戦略論 東洋経済新報)。
10の「分類」では多いので、ここでは、青島・加藤両氏の4つの「分類」を中心に、現在の経営戦略論がどのように「分裂」しているかを見ていきたいと思います。
次の図は先の一橋大学教授の青島・加藤氏が作成されたものです。「利益の源泉」と「注目する点」から戦略論のアプローチを4つに分類しました。
(分類しただけでは統合にはならないのですが、非常にきれいに分類されていますので、この分類に従って経営戦略論を統合します)
「外」の「要因」に着目する「ポジショニング・アプローチ」
「内」の「要因」に着目する「資源・アプローチ」
「外」の「過程(プロセス)」に着目する「ゲーム・アプローチ」
「内」の「過程(プロセス)」に着目する「学習アプローチ」
(各アプローチについては後ほど、個別に説明します)
・経営戦略論の平行線
ポジショニング・アプローチ、資源アプローチ、ゲーム・アプローチ、学習アプローチとされていますが、これで戦略論の各アプローチが統合化されたかというとそうでもありません。
各アプローチが並列的に説明されているだけで、「統合」と呼ぶには不十分です。。
もともと、2×2のマトリックスは、違いを際立たせるには便利なツールなのですが、違いを統合するツールではありません。
また、軸のもつ性質として何をとるかによっても、異なったマトリックスが作成されます。
クルマを例にとると、横軸に価格(=低価格車・高価格車)をとったとして、縦軸にオンロード・オフロードをとるか、乗車人数をとるか、などによって全く異なったマトリックスが作成され、しかも軸の性質に合致しないクルマや想定外のクルマはマトリックスから漏れてしまうという特徴があります。
このクルマの例では、ダンプや消防車、極端ですが装甲車、さらには戦車が漏れるかもかも知れません。
オンロード・オフロードでは、そのどちらでもないサーキットを走るレーシングカーは確実に漏れます。
個人的には2×2マトリックスは好きな方ですので、この後も時折登場すると思いますが、一橋大学大学院教授の三品和弘教授は「目の奥に『田の字』が見えればMBAそうでなければ普通の人」とした上で「2×2マトリックスの根底にあるのは、アナリシス(分析)の発想」であると言っています。(経営戦略を問い なおす 三品和弘著 ちくま新書 2006年9月 p55 p60)
確かに、大きな事象を構成要素に分解し、構成要素の違いを分析しても、違いが全体に統合されたことにはなりません。
実は、経営戦略論は構成要素に分解すると、全体が消えてなくなるという特徴をもっています。
ネット(網)状のものを想像して下さい。
ネット状のものならば、魚を取る網、蜘蛛の巣、建設工事の安全ネット、インターネット網、なんでも結構です。
このネットの繋がり(構造)に重点を置くのがポジショニング・アプローチ、ネットのノード(結び目)に重点を置くのが資源アプローチです。
ネット(ネットワーク)というのは、ノードと繋がりからなる構造体ですので、どちらか一方では存在できません。
次の論争はネットワークの構造つまり繋がり方と、ネットワークのノードの論争という奇妙な論争です。
・経営学での論争 ポーターvsバーニー
青島・加藤教授は戦略論を4つに分類していますが、ポジショニング・アプローチと資源アプローチが戦略論の二大潮流です。
ですが、この二つの潮流はなかなか合流する気配がありません。
2001年のハーバード・ビジネス・レビューに「ポーターvsバーニー論争の構図」という記事が載りましたが、統合には至っておらず、平行線のままの様です。
一部の企業戦略研究家の指摘とは異なり、SCPロジックに基づく外部環境の脅威と機会のモデルは、企業の強み・弱みに関するリソース・ベースト・モデル(経営資源に基づくモデル)を補完する要素なのである。 (企業戦略論 ジェイ・B・バーニー著 岡田正大訳 ダイヤモンド社 2003年12月p251) |
つまり、ポジショニング・アプローチが資源・アプローチを補完するものだと言っていますが、一方的な補完関係にあるのではなく、どちらも補完関係にあり両者は表裏一体です。
これに対して、ポーター教授は・・・
競争要因の相対としての強さがどうであれ、企業の戦略担当者の目標は、そうした要因から身を守るのに最適なポジション、あるいは逆に自社に有利になるように競争要因を左右できるようなポジションを業界内部に見つけ出すことである。 (競争戦略論〈1〉マイケル・E. ポーター著 ダイヤモンド社 竹内弘高訳 p.35) |
・・・と、あくまでもポジショニングの姿勢を崩そうとしていません。
そして、日本企業には戦略はなく、戦略を学ぶ必要があるといっていますので、ミンツバーグ教授が・・
日本企業は、戦略を学ぶどころかポーターに戦略のイロハを教えてあげるべきではないか。 (戦略サファリ ヘンリー・ミンツバーグ他著 齋藤嘉則監訳 東洋経済新聞社 1999年10月p124) |
とかなり激しい論調でやり返しています。
それでもポーター教授は・・・
「戦略とは、顧客に価値を提供する上で、トレードオフ(二者択一)を行うことである」とし「何をしないかという選択が、戦略の核心である」 (日本の競争戦略 M.E.ポーター 竹内弘高-共著 榊原磨理子-協力 ダイヤモンド社) |
日本にはトレードオフがないので、戦略といえるのはほとんどない、とかなり激しい論調でやり返しています。
これでは統合のしようがありません。三品和弘教授は、経営戦略の発想の神髄は「シンセシス(統合)」にあるとしています。
ところが、いざ「統合」となると戦略論を「統合」しようとする試みがないのです。
経営戦略論の統合するということは、戦略発想の神髄をに関するものなのです。
平行線のまま放置してよいものではありません。
「全体は部分の総和以上のものである」ということを考えますと、ポジショニング・アプローチと資源アプローチの和は、それぞれの理論を超える新しい理論となるのです。