経営戦略論の分類、つまりポジショニング・アプローチ、ゲーム・アプローチ、資源アプローチ、学習アプローチとみてきました。
経営戦略論の統合された事象=実際の経営ではこれらのアプローチを「同時に使っている」のです。
ここでは、私たちの直接の先祖が、生息地を海から川に移動したときにはこれら4つのアプローチを採用しています。
川から陸へ、私たちは上陸している・・・この史実は戦略論の統合された事象なのでした。
アナロジー
アナロジーというのは「類推」のことで、科学者はアナロジー思考を最大限に活用して、偉大な発見をしてきました。
ベンゼン環(発見者=クレア)は「互いのしっぽを食べる2匹のヘビの夢」から発見されたもので、原子構造のモデル(発見者=ボーア)も「惑星軌道」からのアナロジーから発見されたものです(アナロジー思考 細谷功 東洋経済新報社 2011年8月 p14 p155-156参考)。ちなみに、ダーウィンが進化論発見に際してマルサスの人口論をヒントにしています。
似ているものをいくつか取り出して「似ているからすべて同じ」という誤った使用さえなければ、アナロジー思考はセレンディップな発見に繋がります。(戦略論におけるアナロジーの誤用例:銃撃戦モデルですべての企業戦略が説明できる)
アナロジーはまた、他人への説明を分かりやすくするための「たとえ話」として用いられます。進化論のアナロジーを使用しますが「たとえ話(かなり分かりづらいかもしれません)」として使用しているということにご注意ください。
分割された視点からの「たとえ話」
戦略論を分割してしまいますと、「たとえ話」も分割されたものになります。ミンツバーグは「戦略サファリ」で戦略論を10に分割(分類)し、(意図は不明ですが)それぞれにアリやリスをあてがっています。
青島・加藤両氏はもう少し具体的で、はポジショニング・アプローチと資源アプローチの違いを、領主の力を城壁・堀や兵になぞらえて
・城壁や堀がしっかりしていれば城主が一人でも城は守れる・・・ポジショニング・アプローチ
・領主の抱える家臣の兵力が問題となる・・・・資源アプローチ
(競争戦略論 青島矢一 加藤俊彦著 一橋ビジネスレビュー 東洋経済新報社 2003年3月 p45-46)
あるいは、野球の松井選手を例に挙げて
・松井選手の年俸が高いのは巨人軍の選手だったから・・・ポジショニング・アプローチ
・同じ巨人軍の選手でも年俸に差がある(やはり松井選手の能力が高いから)・・・資源アプローチ
(競争戦略論 青島矢一 加藤俊彦著 一橋ビジネスレビュー 東洋経済新報社 2003年3月 p89-90)
と、それぞれのアプローチの特徴を「たとえ話」として説明しています。
事象を分割しますとたとえ話も分割しなければなりません。
統合された視点からの「たとえ話」
ポジショニング・アプローチ、資源アプローチ、ゲーム・アプローチ、学習アプローチについて述べましたが、これら4つのアプローチが統合化された視点からは「たとえ話」も統合的なものになります。
「ぼくは上陸している(I Have Landed)」(早川書房)というのは進化生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールドのエッセイ集ですが、確かに私たちは上陸しています。
今、キーボードを叩いているこの「手」は、はるか昔、魚だった私たちの先祖が水中で体を安定させるための「ヒレ」として獲得したものです。
この「ヒレ」は、海から川、川から浅瀬、浅瀬から地上、地上から木の上、木の上から地上へと、生活環境を換えるたびに、徐々に(数億年かけて)「手」へと進化してきました。
「統合されたたとえ話」は意外にも身近なところにあり、私たち自身の「進化の軌跡」をみれば、これら4つのアプローチが何の対立もなく、文字通り「自然」に統合されているのがみてとれるのです。
以下ではこれらのアプローチが不可分である事象に基づいて説明します。何分にも本当に不可分で、各アプローチが混在していますので、気を付けてみませんと見逃してしまいますのでご注意ください。
私たち(のご先祖様)の上陸作戦
私たちは現在私たち自身のことを「ヒト」と呼んでいます。
私たちの父母も、祖父母も、祖祖父母も・・・「ヒト」です。が・・・・これを何世代も繰り返すと私たちの先祖はやがて「サル」になり、4億5千年前までさかのぼると、私たちの先祖は「魚」になります。
これは私たちの先祖である魚の上陸作戦の物語です。
ご先祖様は、ポジショニング・アプローチ、資源アプローチ、ゲーム・アプローチ、学習アプローチ、と一見対立するような4つのアプローチを見事に使いこなして上陸を果たしています。(NHKスペシャルの地球大進化で山崎務さんが私たちの直系の先祖種を、親しみを込めて「ご先祖様」と呼んでいましたので、ここでもご先祖様と呼ぶことにします)
今から4億5千万年前の大陸の配置は現在とは大きく異なっています。
赤道直下にはロレンシア、バルチカ、アバロニアという中程度の3つの、南極付近にはゴンドワナ大陸と、まったく聞いたことのない、まるでテレビゲームにでも出てきそうな名前の大陸がありました。
以下では、舌を噛みそうな名前が登場しますが、名前そのものは理論の流れに全く影響しませんので、そのつもりでお読みください。
赤道直下の3つの大陸に囲まれて、アイアペタス海という、サンゴ礁がどこまでも続く浅く生命豊かな海があり、ご先祖様はこの海に棲んでいました。
ご先祖様の名前はアランダスピス、体長20センチ程度、ヒレもなく泳ぎが下手で、海底の泥の中の微生物を吸い込んで食べる、おとなしい魚でした。
このころの海の支配者はオウムガイ。
ジェット水流を噴射し運動能力も高く、種類も多様で中には10メートルという巨大なものおり、海の王者として食物連鎖の頂点に君臨していました。
ご先祖様の立場は弱者。
弱者が生き残るためには進化するしか道はないようです。
ご先祖様は進化しました。一方、強者であるオウムガイはどういう訳か進化をやめて、今でもオーストラリア近海に生息しています。
4億年前ロレンシア、バルチカ、アバロニアの3つの大陸はプレート・テクトニクスによって引き起こされる大陸の移動によって衝突し、巨大大陸ローラシアを形成します。
ここがご先祖様の上陸の場所です。
伊豆半島が本州に衝突してできたのが箱根や丹沢の山々です。世界地図を広げてみるとお分かりになると思いますが、伊豆(半)島程度の小さな島が、決して大きいとは言えない日本の本州程度の島に衝突した程度でもそこそこの山ができます。
これが大陸の衝突になりますと、その衝突場所には巨大な山脈が形成されます。
アフリカから分かれたインド亜大陸が、インド洋を遥々(はるばる)と横切って、4千万年前、ユーラシア大陸に衝突してできたのがヒマラヤ山脈です。
4億年前、3つの大陸が衝突した場所・・・大陸内部にはヒマラヤに匹敵する8000メートル級の山々がそびえる山脈ができました。しかも、その長さ何と7500キロ、ヒマラヤ山脈の約3倍で、東京からシドニーまでの距離に相当する長さです。
山脈ができ、山腹に風が当たると雲が湧き、雨を降らせます。大陸の内部には川という淡水の領域が誕生しました。
さて、大陸の衝突によりアイアペタス海は完全に消滅し、ご先祖様は巨大大陸の周辺の狭い海域へと追いやられます。
狭い海域では生存競争が激化し、三葉虫などは全身トゲだらけに変身させています。
強いものへの対処法は3つあります。
①防御を固めるか、
②直接張り合うため牙を研ぐか、
④逃げるかです。
他の生物との係わり合いから(ゲーム・アプローチ)、三葉虫は競争の激化した浅瀬に残って(ポジショニング・アプローチ)、累積的な試行錯誤の結果(学習アプローチ)、防御のためのトゲを発達させて防御を固める(資源アプローチ)という戦略をとりました。
3億8千万年前、私たちのご先祖様はヒレをもち力強く泳ぐユーステノプテロン(肉鰭類にくきるい)に進化していましたが、残念ながらこの狭い海域でも弱者です。
当時の海を支配していたのは板皮類(甲冑魚)で、全ての魚の90%と凄まじい繁栄です。
特にダンクルオステウスはあごの骨がプレートのように突き出て、ハサミのように獲物を切り刻んだといいます(噛む力はあのティラノサウルスより上だったと推定されています)。
これでは到底かないそうもありません。競争の激化した狭い海域から逃げ出すしか手はないようです。
さて、ここからが本題です。
「ポジショニング・アプローチ」
当時の川にはまだ競争がありません。ポーター教授はできる限り競争の少ない業界や戦略グループを選択すべきであると言っています。
そこで、ご先祖様は競争の少ない川へとポジションを移動します。
「資源アプローチ」
しかし、川にポジションを移動するためにはいろいろ資源(器官)が必要でした。
というのは、海にはカルシウムやリンといったミネラルが豊富に含まれていますが、淡水域ではこれらのミネラルが不足します。そこで、カルシウムやリンを貯蔵するために背骨を発達させました。
また、海の魚が川に入ると、浸透圧の関係で水分が体内に浸透し、やがて細胞が破裂してしまいます(ナメクジに塩をかけるのと逆の効果)。
体内に浸透した水分を体外に排出させるために腎臓を発達させました。
バーニー教授は希少性があり、模倣困難な資源を持った者は持続的に競争優位に立てると言っています。
淡水域では私たちのご先祖様は板皮類の追撃を逃れ競争優位に立ったようです。
先に紹介した、「ポーターVS.バーニー論争の構図」ではポジショニング・アプローチと資源アプローチの対立点や相違点が強調されていますが、ご先祖様はそのようなことは一向にお構いなしです。
双方のアプローチを「同時」に採用したのでした。
「ゲーム・アプローチ 学習アプローチ」
また、ご先祖様が川という淡水域に入ったのは他の生物との係り合いで入っていますので(板皮類だけではなく先に上陸を果たし土壌を安定化させた植物など)ゲーム・アプローチも当然採用しています。
実は進化論とゲームの理論は親和性が高いのです(進化ゲームという研究分野があります)。
また、トライアンドエラーを繰り返しながら資源を蓄積していきましたので学習アプローチの要素も入っています。つまり、進化とは4つのアプローチが統合された事象なのです。
「資源アプローチ」
当時の淡水域には雨季と乾季があったようです。乾季には水が干上がり水温が高くなると水分中の酸素濃度が少なくなります。
さらに、バクテリアが水中の有機物を分解するとき大量の酸素を消費しますので、酸欠に追い打ちをかけます。
この困難に対処するためにご先祖様は肺を発達させました。
「ゲーム・アプローチ」
さて、板皮類の追撃をかわし、川に入ったのですが、そこでもやがて競争が激化し、強い魚が登場します。
ハイネリアという魚の歯の大きさは8センチもあり、一緒に見つかった化石から推定すると、体長は何と8メートル。
肺をもった魚の中で最強で、まさに川の王者です。
ご先祖様に勝ち目はありません。中国に「三十六計以走(=逃げる)為上計」という諺があります。
そうです、ここでも逃げるが勝ちです。
「ポジショニング・アプローチ 資源アプローチ」
そこで、ご先祖様は大きな魚が入ってこられない浅瀬や水辺に逃げ込みます。
落葉というと「葉」だけが落ちることを意味しますが、当時の木は枝ごと落葉していましたので、浅瀬は枝だらけでした。
そこで、これらの枯れ枝をかき分けて進めるように、ヒレを手足のように進化させたアカンソステガに進化します。
ちょうどオオサンショウウオのような感じです。
もうお分かりの通り、ここでもご先祖様はポジショニング・アプローチと資源アプローチを統合的に採用しています。
これで、上陸の準備はできました。3億6千万年~3億5千万年前、私たちの直系のご先祖様は上陸を果たしました。
一緒に川に入って肺を発達させた魚は、肺を鰾(浮袋とも書く)に進化させ海へと戻り、大繁盛しています。
現在、私たちの食卓にのぼる魚のほとんどが、川から海に帰った魚の子孫です。
(参考文献)
地球大進化3 NHK出版 2004年6月
生命40億年全史 草思社 2003年10月
地球のはじまりからダイジェスト 地球の仕組みと生命進化の46億年 西本昌司 合同出版 2006年1月
上陸作戦で採用されたアプローチを図にまとめてみます
「理論が統合化された事象があるのですから、理論を統合することができる」と推論する方がむしろ自然ではないでしょうか。
統合化された事象の枠組みを探りだして、その枠組みをヒントにすれば統合できてしまうということを「上陸作戦」は示唆しています。
戦略論の統合の仕方は魚(ご先祖様)に聞いた方がよいのかもしれません・・・・・