1-1 セレクション・フロー・・・複雑系ネットワークによる経営戦略論の統合と学際化

財貨の交換に先立って選ぶ・選ばないという「選択」という意思決定が伴い、経済主体は「選択(権)」で結ばれています。
以下の理論の最大の特徴は、競争の関係を「選択の関係」のネットワークとしてとらえることにより、経営戦略論を統合できるだけでなく、周辺の学問との学際化までできてしまうという、欲張りな発見に関するものです。
のちに説明しますが、この選択の関係のネットワークをセレクション・フロー・ネットワーク・システム、あるいは簡単にセレクション・フローと名づけることにします。

「複雑系?」「ネットワーク理論?」・・・従来の戦略論ではほとんど無縁の考え方です。
経済主体の競争の場を複雑系のネットワークとしてとらえると、これまで「とにかく分解」して研究されてきた経営戦略論を統合できてしまいます。
それだけではなく、経営戦略論と周辺分野の他の学問との繋がり、経営戦略論が一気に学際化するのです。

 

1 経営戦略論の統合
一例をあげると、経営戦略論の二大潮流の一つである、ポーターのポジショニング・アプローチはネットワークの構造的側面にスポットをあてたものであり、もう一つの潮流であるバーニーの資源アプローチはネットワークのノード(結び目)の持つ資源にフォーカスしたものです。
ノードのないネットワークはありませんので、これら経営戦略論の二大潮流は、同じ事象の見せる異なる側面を説明するものであり、本来対立するものではありません・・・部分的ではありますが。
もともと複雑系の基本的なスタンスが、部分に分解されて研究されてきた事象を、統合的な見地より見なおしてみよう、というものなのです。
経営戦略論の統合に関しましては、たくさんのページを割いて説明します。

2経営戦略論の学際化
近年、経済学(特に行動経済学)の分野では心理学や生物学etc.といった、他の分野の学問との学際化が急速に進んでいます。
それなのに経営戦略論はまるで太平洋に浮かぶ孤島(この孤島の中で論争を繰り広げています)。
経営戦略論も学際化してもいい時期でしょう・・・でも学際化の端緒は?

経営戦略論を複雑系ネットワークにおける事象の研究とみると、経営戦略論の視野が一気に広がり、ブラックホールのように周辺科学を戦略論に取り込むことができます。

まず、複雑系あるいは複雑系ネットワーク理論など、これまで経営戦略論となじみのなかった学問分野の研究成果を経営戦略論に取り込むことができます。
またこのネットワークは「選択」で結ばれたネットワークです。
「選択の科学」という本もありますが、選択に注目すると、意思決定論のみならず行動経済学との関連が見えてきます。
行動経済学では既に心理学生物学etc.といった学際化が図られていますので、経営戦略論にこれらの研究成果を取り込む場所を与えることができるのです。
ネットワークのノードが人あるいは人の集団なのですから、心理学や生物学が関係してこない訳ないですよね。
実際、他分野の研究成果が実業でも使われ始めています(ニューロマーケティングなど)。

 

聞きなれない言葉が出てきていますのでWikipediaにリンクを張りました
複雑系→
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A4%87%E9%9B%91%E7%B3%BB
複雑系科学→
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A4%87%E9%9B%91%E7%B3%BB%E7%A7%91%E5%AD%A6
複雑ネットワーク→
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A4%87%E9%9B%91%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF

 

セレクション・フロー・ネットワーク・システム
「皆さんの会社は仕入先を選んでいますが、お客さんも皆さんの会社を選んでいますよ」 この言葉に反対する経営者は誰もいません。 この、選ぶ、選ばれるという関係をネットワークとして捉え、簡略化して図にしてみましょう。
モノは、仕入先から自社(を含む競合他社を経て)顧客へと流れていきます。この流れを「サプライ・チェーン(供給の鎖)」といい、図の下から上への矢印がこれに該当します。

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さて、モノの流れと反対方向(図では上から下)へ、顧客から仕入先へと逆流する流れがあります。
経営者に「この流れは何でしょう?」と聞くと、決まって「おカネ」との答えが返ってきます。これも正解です。
経済の根幹をなすのが「交換」で、物々交換では「モノ」と「モノ」が交換され、今日のような貨幣経済では「モノ」と交換されるものは「カネ」です。
市場というのは、売り手の「モノ」つまり製品やサービスが、買い手の「カネ」と交換される場所のことで、市場経済ではこのような交換が市場参加者の自由な意思にもとづいてなされます。

しかし、図をよく見ると、もう一つの正解が描かれています。
交換に先立ってまず「選択」がなされます。
これは物々交換でも同様で、相手に選択されないものは交換されることはありません。
貨幣経済でも物々交換でも、相手に選択されない、交換相手が「欲しくない」というモノについては交換が成立しないのです。

貨幣経済では、この「選択」は「カネ」に先立ってなされます。
つまり、「モノ」の流れの反対方向へ流れる「選択の流れ」があり、「カネ」はこの「選択の流れ」の上を流れていきます。

この選択の流れを「セレクション・フロー」と呼ぶことにします。
「カネ」は「セレクション・フロー」の上を流れていきます。

企業間競争とはセレクション・フローの奪い合い、もう少し穏やかに言うと「選ばれるという競争」を指すということになります。
セレクション・フローの上をカネ(より正確には事業活動によるキャッシュ)が流れていくのですから、これが流れ始めた企業は繁栄し、これが遠ざかっていく企業は、どんな大企業でも確実に衰退していきます。
生き残るためには是が非でもセレクション・フローを自社に引き寄せなければなりません。
そこで、進化論 でいうところの「生存競争」に相当する、セレクション・フローをめぐる競争が「自生的」に発生するのです。
このセレクション・フローは伝統や慣習によって築き上げられた徳性を持っています。
ですので「サギ」や「ボッタクリ」はセレクション・フローにはじかれてネットワーク上に永続することはできません(食品偽装をみれば分かると思います)。

神の見えざる手
セレクション・システムの中を流れる、セレクション・フローがアダム・スミスのいう「神の見えざる手」の正体です。
「見えざる手」は、自然選択が生物を選択淘汰するのと同様の働きをしています。
ちょうど植木職人が庭木の枝を選別するように、企業をセッセと選別しするという役割を果たしています。
企業が自己の利益を追及して無秩序に行動したとしても、「見えざる手」が企業行動を既定し、秩序――シュンペーターのいう社会主義的計画経済――が自律的に生成するのです。
この「見えざる手」は、企業が望むか望まないかにかかわらず、また、意識するか意識しないかにかかわらず、企業に競争を強要します。
進化論では「赤の女王仮説」というものがあります。これはルイス=キャロルの鏡の国のアリスの「赤の女王」のことばを借りた・・・「ここでは、よいな、同じところにとどまっていたければ、力のかぎり走らねばならぬ」(鏡の国のアリス ルイス=キャロル作 芹生一訳 偕成社文庫 1980年11月 参照)という進化における軍拡的側面をあらわす言葉ですが、この「赤の女王仮説」は企業間競争にも成り立ちます。

環境は動いています。企業が動かずにいるためには、速く走らなければなりません。ある企業や企業群が走り出すと他の企業も走り出します。
すると環境は変化します。
企業が現在の地位に留まっていたいのなら力のかぎり速く走らなければならない、ということになるのです。
企業は互いに環境の一部を構成しています。
ある企業が進化すると、神の手(顧客の目)がこれに反応し、他の企業に更なる進化的進化を生み出すように促します。そして・・・

長期的には、競争とは、単に環境に対する適応度に関するものではなく、他の種よりも優れて進化する能力に関するものである。最も軽快に進化する形態が優勢になる。究極的には、各競争者にとっての進化的成功は、競争者よりも速くより有効に進化するための秘訣、技能、戦略を獲得することによって生まれる (進化と経済学 ジェフリー・M・ホジソン著 西部忠監訳 東洋経済社 2003年4月p354)

という、企業間競争が進化競争であるという側面が浮かび上がってくるのです。
進化競争であるがゆえに、企業間競争は、エネルギー、力強さ、活力を内包し、シュンペーターのいう創造的破壊やイノベーションを引き起こすのです。