2-1 経営戦略論はなぜ混乱するのか・・・戦略論を貫く還元主義

 

 

経営戦略論を少し学んだ方に
「戦略論を勉強すると、戦略論の迷路にはまりませんか?」
このようにお聞きすると、ほとんどの方が
「はい、本を読めば読むほど迷路にはまっていくような感じです」
との答えが返ってきます。

そう、現在、戦略論はとても混乱しているのです。
戦略論は混乱しているのですが「戦略論は混乱している」という点に関しては、研究者の意見が妙に一致しています。
手元にある本をいくつか取り出して開いただけで、戦略論の混乱ぶりは見て取れます。たとえば次のような感じです。

競争がより激化し、かつ加速化する中で、経営者の戦略策定および実行能力がそのペースに追いついていないという見方が広がっている。
それに呼応してコンサルタントや学者が、変化し続け、そして時には相互に矛盾する数多くの戦略の枠組みや方法論を提供してきた。こ
れらは競争のパズルを解明する鍵として提供されてきたが、どれも全体像のほんの一部を解明するのみにとどまっている。
(ウォートンスクールのダイナミック競争戦略 ジョージ・デイ/デイビッド・レイブシュタイン編 小林陽太郎監訳 東洋経済社 1999年10月 p16)

 

企業の業績を分ける理由がいくつもあるように、経営戦略の理論も様々存在する。
業績を左右する要因のどれに注目して論理を組み立てるのかによって、理論の内容は異なってくる。
世にある戦略論のテキストというのは、これら異なる複数の理論のどれか特定のものに焦点を当てて書かれる場合もあるし、いくつもの理論をちりばめて書かれることもある。こ
れが戦略論を学習する人にとってしばしば混乱のもととなる。
(競争戦略論 青島矢一 加藤俊彦著 一橋ビジネスレビュー 東洋経済新報社 2003年3月 p9)

 

もうおわかりだと思うが、嘆くべき状況が展開されているのだ。
問題そのものが複雑なのも事実だ。しかし主な原因は、戦略の本質について、経営者や経営学者が十分に理解していないことにある。
私たちは、戦略の何たるかもそれを立案する術も知らないのだ。
(戦略の原理 独創的なポジショニングが競争優位を生む コンスタンチノス・マルキデス著 有賀裕子訳 ダイヤモンド社 2000年8月)はじめに

・・・どうでしょう?かなりの混乱ぶりです。
ミンツバーグが著書の題名に「戦略サファリ」(戦略サファリ ヘンリー・ミンツバーグ他著 齋藤嘉則監訳 東洋経済社 1999年10月)と冠しているように、戦略論はサバンナ状態で、この状況はいまだに収まっていません。

研究の対象物が靄(もや)にかすんで見えるようなものである場合、その研究は手探りでなされるしかありません。
戦略論は、その時代の時代背景や、研究者の研究テーマ(主観)の影響を受け、個別の論点の試行錯誤の蓄積として形成されてきました。
生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールドは、パンダの親指を例にとって、生物の進化がツギハギだらけであると言っていますが(パンダの親指 スティーヴン・ジェイ・グールド著 桜町翠軒訳 早川書房 1996年8月)、戦略論もツギハギだらけです。
ツギハギだらけの戦略論・・・・・・・これは戦略論のもつ宿命だったのかもしれません。
しかし、パンダの手はツギハギとはいっても秩序を保っているのですが、戦略論ではツギハギ同士が論争し分裂しています。

 

「戦略論がなぜ混乱するのか??」

この疑問に答えるのはいたって簡単で
「研究対象とするネットワークが複雑なシステムだから」
です。

ここでまた「システム」という言葉が出てきましたので、「システム」のニュアンスについて説明いたします。
相互に関連した一体性を持つようなものをシステムといいます。「システム」という単語はすっかり日本語に定着し、コンピュータシ・ステム、会員システム、システム手帳など、いろいろな使われ方をしていますが、エコ・システム(eco system)を生態系、コンプレックス・システム(complex system)を複雑系というように「系」と翻訳することがあります。
「セレクション・ネットワーク・システム」のシステムも、系というニュアンスをもっています。

「複雑なシステム(complex system)」と「込み入ったシステム(complicated system)」とは明確に区別されます。
コンピュータや時計は、蓋を開けてみるとかなり複雑に見えますが、多数の部品からなるとしても、設計図通りに組み立てられますので、複雑系とは言いません。
コンピュータや時計はどんなに込み入っていても、原理的に解きほぐすことができるからです。

それでは複雑なシステム(複雑系といったほうが一般的です)とは何か?ということになります。
経営戦略論を統合的に眺めるための必須アイテムですので、簡単にみていきましょう。

「複雑なもの」を研究する「複雑系の科学」は、1990年代に注目を集めるようになった比較的最近の学問分野で、ニューメキシコの「サンタフェ研究所」が発生の地とされています

噂話です。
ある若手の技術者が、会社の業務命令でサンタフェの複雑系のセミナーを受けることになりました。
なんとなく複雑系の雰囲気はわかるのですが、「複雑系とは何か?」と自問自答しても明確な回答が出てきません。
セミナーも後半にさしかかったとき、その技術者が右隣で熱心に聴いていた技術者風の人に小声で聞きました。
「ところで、複雑系って一体なんだ?」
「いや、俺も実のところよくわからないんだよ」
そこで、左隣の人に聞こうとすると、二人の話を聞いていたのか
「俺も知らないよ」とばかりに手を開いて、首を横に振りました。
出席者の全てが「複雑系とは何か?」という疑問に答えられなかったといいます。

 

さて、「複雑系とは」という定義そのものなのですが、「複雑系」の「正式」な定義はまだないようです。ハーバード・A・サイモンもこれを定義することを放棄しています。

『複雑なシステム』の正式な定義を試みるつもりはない
(システムの科学ハーバート・E・サイモン著 稲葉元吉 吉原英樹訳 パーソナルメディア 1987年12月 p219)

・・・とはいうものの、後で述べるように、正式ではない定義?はしています。

実は、企業戦略論においても「戦略」の正式な定義はありません。
それでは定義が全くないかというと、その反対で、定義がありすぎるのです。
戦略の定義は研究者によってまちまちで、定義のリストを作成するとかなり長いリストになります。

リストを作成すれば統一的な定義ができると思い、戦略論の定義を収集したのですが、統一的な理解はおろか混乱は増すばかり。
10程度収集した段階で収拾がつかなくなり「統一的な定義は不可能」であることに気が付きました。
研究対象が複雑である場合、研究者の主観などが入り込み、統一的な定義は不可能となるのでしょう。
しかし、複雑系の定義はさておき、「どのようなものが複雑なシステムか」、ということに関しては、かなりの合意ができているようです。

では、複雑なシステムとはどのようなものでしょう。
以下に複雑系に関する記述をいくつか抜粋してみました。
大体のニュアンスがお分かりになるかと思います。

「多様に関連し合う多数の部分からなるシステムで、全体は部分の総計以上のもの」
(システムの科学ハーバート・E・サイモン著 稲葉元吉 吉原英樹訳 パーソナルメディア 1987年12月 p219~220))
「バラバラに分解できる要素の単純な組み合わせで全体が構成されているようなシステムではなく、バラバラにしてみると本質が抜け落ちてしまうような特殊なシステム」
(複雑系入門 井庭崇 福原義久著 NTT出版 1998年6月 p6)
「複雑系」は、系を単純化しても複雑性が残るだけでなく、システム全体としては、システムを構成する要素が個々に持っていた物を超える性質や機能を発現する、言い換えるとそのような性質や機能が創発(emerge)されるというものです。
(新訂 複雑システム科学 生井澤寛編著 財団法人放送大学教育振興会 2007年7月 p11)

複雑系の科学というのは、複雑なものをバラバラの部分に分解して研究するのではなく、全体を包括的に考察するというという思考のようです。
「複雑な現象は、まとめれば、すべてわかる」・・・鋭い指摘です(Q&A:入門複雑系の科学 木下栄蔵・亀井栄治著 現代数学社 2007年3月 p2)。

さて、その複雑なものとは、具体的には、生物、経済、気象、インフルエンザの感染経路、地球や銀河系、宇宙・・・・等々です。
もちろん生物である人間の生存競争の一形態である「企業間競争」も複雑系に属します。

二十世紀の科学は還元主義という分解型の方法論に従って研究されてきました。
これは物事を分解して細部を調べれば、全体を理解することができるという前提に立っています。

戦略論もまた、他の諸科学と同様、還元主義的な立場にたって研究されてきました。
そして、現在でも他の諸科学に比べて戦略論ほど還元主義的な色彩の濃い科学はないでしょう。

 

・従来の経営戦略論の研究法では戦略論はさらに混乱する
・・・これは私の予見です
企業の戦略は、実際の企業の競争の仕方、つまり個別企業のとった実際の戦略を研究すれば分かる・・・・この考えは直接的で、合理的ですらあります。

企業のとるべき戦略を研究者がいくら知恵をしぼって考案したところで、実践の裏付けがなければそれは単なる絵空事です。
戦略論は、個別の企業行動を観察し、その研究成果を理論化するという方法で発展してきました。
この方法は実践的で説得力があり、合理的でもあります。
そして、このアプローチによる研究は、コロンブスのアメリカ大陸発見と同様、企業の競争の仕方を研究する戦略論に多大な貢献をもたらしました。
還元主義的な方法は戦略論に多大な進歩をもたらしたのですが、その一方で対立、そして混乱とをもたらしました。

たとえばある研究者が
「このような新しい事例と、それに基づく理論を発見しました
というのは戦略論の進歩でしょう。

ところが実際にはそんなに簡単にはいきません。別の研究者は
「私の見た事例から導かれる理論は、あなたの理論とは異なります(あなたの理論は間違っているからです)」
と言うでしょう(実際にそのように言っています)。

これが戦略論の対立で、理論の乱立が戦略論の混乱です。

企業の競争の仕方全体を、全体のピースである個々の競争を研究することによって説明しようとするのですが、現実の企業間競争は人間(特に経営者という特殊 な生物)本来の行動様式に根ざす、恐ろしいほどの多様性と矛盾がそこかしこに見受けられ、ピース同士がうまくかみ合わないのです。

・・・ですので、この方法で戦略論を研究すると、戦略論はピースvsピースの論争となり、しかもどちらも部分(ピース)です
アルバート=ラズロ・バラバシ流にいうならば、宇宙を理解するために原子やひも理論を研究し、生命を理解するために遺伝子を究明してきましが、還元主義に乗った挙句、「複雑性」という分厚い壁にぶち当たってしまいました。
ピース(個別企業の競争)の全体は、ピースの組み合わせが一通りしかないようにしっかりとデザインされたパズルではなかったのです(新ネットワーク思考 アルバート=ラズロ・バラバシ 青木薫訳 NHK出版 2002年12月 p14)。

 

戦略論は複雑性という分厚い壁の前で立ち往生することになりました。
現在、戦略論は分厚い壁の前で、ピースを分類するという段階に入っています。分類すると戦略論がきれいにまとまるはずでした。
するとどうでしょう、分類されたピース同士の対立が始まりました・・・・