3-1 変異ベクトル・・セレクション・システムにおける変異の法則

変異ベクトル・・セレクション・システムにおける変異の法則

さて、セレクション・システムの中で企業はどのように変異するのでしょう。
ハーバート・A・サイモンとアインシュタインの言葉を引用してみます

混沌と見える状況の中にかくされたパターンを見出すこと
(システムの科学 ハーバート・A・サイモン パーソナルメディア p3)
科学の世界ではどんな分野であろうと、最小限の仮説や原理から最大限の経験的事実を理論的に導くことが一番の目標である・・・マンデンブロがアインシュタインの言葉(「ライフ」1950年1月9日を引用して
(禁断の市場 ベノワ・B・マンデンブロ 東洋経済新報社 2008年6月 p6)

アインシュタインのいう「最小限の仮説や原理」はサイモンのいう「パターン」と同様のものを指しているように思われます。
というのも、この「パターン」こそ「最小限の仮説や原理」となり得るからです。

 

このかくされたパターンですが、意外にも身近なところに見出せます。
私たち自身です。今、キーボードを叩いているこの「手」や、パソコンの画面を見ている「目」、空調機や時折外を通り過ぎていくクルマの音を聞く「耳」、私たちの体のそこら中に、かくされたパターンがあったのでした。
これでは、あまりにも身近過ぎて見落としてしまいます。

 

系統樹における競争
系統樹は1966年ドイツの生物学者アーネスト・ヘッケルにより作成されたのがはじめとされています。ヒトを含む生物全ては40億年前に誕生した、原生的な生物から分化したものであるとされています。
大腸菌とヒトは似ても似つかず、一生の過ごし方も全く異なるのですが、両者の違いは、建設現場で見かける手押しの一輪車とクルマ(自動車)の違いというよりは、車種の異なるクルマ程度だそうです。
その証拠に、大腸菌にヒトのインシュリンを製造する遺伝子を組み込むと、大腸菌はヒトのインシュリンを製造するそうです。

チンパンジーとヒトの遺伝子レベルでの違いが1%程度で、ヒトとナメクジウオの遺伝子レベルでの差はわずか10%程度というのですから、驚きです。ちなみにビーフステーキと枝豆が分かれたのが15億年程度前のことだそうです。

生物の系統分類の成果として、生物の種が共通の単一祖先からどのように分化してきたかを示す図が系統樹で、1本の幹からたくさんの枝や小枝が分岐し、まるで木のように見えることから系統「樹」と樹にたとえられています。

ある経営者にこの系統図を見せたところ、「トーナメント表ですか」と言われました。
うまい表現です。どうも系統樹の上下を勘違いしたらしいのですが、確かに、この系統樹を逆さまにすると、なぜかトーナメント表を連想させられます。
もちろん、トーナメントは勝ち抜きで、系統樹は種分化と絶滅ですので、競争のルールは全く異なり、明らかに系統樹はトーナメント表ではありません。
にもかかわらず逆さまにするとなぜか似ています。
なぜトーナメント表を思わせるような「型」が現れるのでしょうか?

系統樹は最初の原生生物から現在にいたる生物の生存競争の戦歴表とみることができます。
しかも、総当りで「勝ち」「負け」の数を競うリーグ戦ではなく、一度負けたらその先はなく、絶滅ということになります。
一度負けたらその先はないという競争の戦歴表という意味では、トーナメントと共通の性格をもつためではないでしょうか。

 

私たちを含む、現在生息する種は40億年、連戦連勝で勝ち続けてきました。ただの1度でも負けていたら私たちは現在ここに存在しません。
40億・・・しかし、どうも40億という数字はふだん使い慣れていないのでピンときません。
そこで、1年をヒトの歩幅40センチとして計算してみることにしました。
ヒトの寿命が70年~80年ですと70歩~80歩、歩くことができます。
一生かけて歩いても28m~32mです。相当長生きしても50m(125年相当)は歩けません。
つまり、近所のコンビニにたどり着いた時には息絶えてしまうということです。1000年かけてもたかだか400メートルです。
地球の円周はほぼ4万キロです・・・これは極から赤道までの距離を1万キロと決めましたので簡単に計算できます。
さて、1億年かけると東京→大阪(歩くには途方もなく長い距離)どころか地球を1周することができます。
40億年をかけると地球40周と途方もない距離を歩くことができます。

 

それでは、40億年もの間、どのような方法で勝ち続けてきたのでしょうか?
ブライアンという生物学者は変異のパターンについてより具体的に次のように述べています。

形態的進化をもたらす原動力となる変化の統合について調べよう。議論を進めていく上で三つかそれ以上の文脈がある。それは、機能の強化、新しい機能の獲得、そして形質の消失や形質の再出現だ。
(進化発生学 ブライアン・K・ホール著 倉谷滋訳 工作舎2001年5月p515)

「改善・改良」「新兵器」「放棄・退化」については触れていますが(形質の再出現は「新兵器」としています)、ブライアンは変化しない、つまり「安定」については触れていません。
しかしながら、「安定」も進化の一形態であるとする生物学者もいますので「安定」を付け加えます。(人類が滅亡した5000万年後の地球を支配する動物世界を描いた「アフターマン」の著者
ドゥーガル・ディクソンなどは「安定」についても触れています)(注1)

 

さて、40億年にもわたる由緒ある競争の基本パターン、生物の変異のパターンは次の4つです。分かりやすいように戦争用語も使って表現することにします
•新しい器官や能力の獲得・・・・・新兵器の開発
•既存の器官や能力の強化・・・・・改善・改良
•既存の器官や能力の安定・・・・・安定
•既存の器官や能力の退化・・・・・放棄・退化

 

この資源における変異のパターンは、企業間競争や生存競争に限らず、資源の変異に関しては全ての競争に共通するにパターンですので(注1)、これをベクトルで表し、主要な戦略の理論と関連付けてみました。このベクトルを変異ベクトルと名付けます。

変異ベクトルに主要な戦略論を関連付けますと、それぞれの戦略論の偏りが見えてきます。いずれも優れた偏りで、この偏りはむしろ歓迎すべきものです。
なぜならば戦略の本質は「競争資源」を変異ベクトルのどちらかの方向に動かす、つまり偏らせることにあるからです。

 

個々の戦略論の研究はその研究者が信奉する偏りを強調するという方向で発展してきました。
しかしながら、企業家はあの手この手と、それこそ手を変え品を変えて競争し、研究者も個性的で独自の偏りを強調しますので、戦略論の本を何冊か買って読んでみますと、たちまちのうちに迷路にはまりこんでしまいます。
「優れた戦略論は偏っている・・・偏り同士で論争さえしている」というのが私の感想です。
この偏りを知って、初めて迷路から抜け出ることができます。
そして、どの競争資源をどの方向に変異させるかという戦略論の実践が見えてきます(この点につきましては後に紹介します)。

 

さて、このベクトルの方向はたったの4つですが、基本パターンは4つもあれば十分で、変化のバリエーションは無限です。
生物は環境の変化、他の生物との相対的地位関係、他の生物への影響と、他の生物からの影響によりそれこそ無限に変化してきました。
40億年前に誕生したたった1種の生物は40億年間ただひたすらこの変異ベクトルにみられるパターンを繰り返し、「まんが地球大進化4」によれば(本によって数は異なりますが一応日本の国営放送の編集です)絶滅種まで含めると、なんと50億種にものぼる生物を生み出しました(まんが地球大進化4 小林たつよし NHK「地球大進化」プロジェクト編)。
ちなみに、遺伝子の構成物質もたったの4つです。遺伝子分子ははしご状にねじれて2重のらせんとなっていて、はしごの横棒は、それぞれ一対の塩基と呼ばれる化合物(塩基対)でできています。
この配列順序に遺伝情報が盛り込まれているのですが、塩基の種類はアデニン、チミン、シトニン、グアニンの4つです。(ザ・サイエンスヴィジュアル 進化 英国科学博物館協力 リンダ・ギャムリン著 東京書房 1993年10月)

 

孫子は、戦を包括的に考えていたようで、地形や戦況による戦の各論を述べるとともに、戦の総論、戦いの極意にも触れていました。
孫子によれば、戦いの極意は「正」と「奇」(正攻法と奇法の)2つに集約され、「正」と「奇」の2つの用兵の相互作用は状況に応じて無限に変化するといい(戦略論体系①孫子 杉之尾宜生編著 芙蓉書房出版 2001年12月)、その無限に変化するさまを「五声」「五色」「五味」で表現しています。
・音階の基本は宮、商、角、徴、羽の5つに過ぎないが、奏でる調べの変化は無限で、とても聞き尽くすことができない。
・色の基本は赤、青、黄、白、黒の5つに過ぎないが、配合による色彩の変化は無限で、とても観尽くすことができない。
・味の基本は辛、酸、鹹(かん・塩味)、甘、苦の5つに過ぎないが、調合による味の変化は無限で、とても味わい尽くすことができない。

 

(注1)
変異ベクトルは競争的な行動であればどこにでも顔を出します。陸上競技であれば、選手は、より速く、より高く、より遠くに、走ったり、跳んだり、投げたりするために日々練習します。陸上競技は改善・改良が主で新兵器の開発は難しいかもしれません。
しかし、古い話ですが、メキシコオリンピックの走り高跳びで金メダルを獲得したフォスベリー選手の「背面跳び」は「新兵器」かもしれません。
体操で、誰も真似ができないようなG難度の技(C→D→E→F→G)で難度が高くなる)を開発すれば「新兵器」でしょう。
野球の一流打者や投手がスランプに陥ったときに、ニュースの解説で、以前と足のスタンスや踏み込み、手の位置が以前と変わったということをよく聞きます。この場合には以前に戻す、つまり「変えない=安定」ということになるでしょう。
試験勉強における「ヤマかけ」は典型的な「放棄」かもしれません。
チームで戦うようなスポーツでは、チーム全体で変異ベクトルがみられるほかに、チームの構成員個人も変異ベクトルがみられます。チーム内部でも「レギュラー」をかけた競争があるからです。
このため選手はシーズンオフにも技術や体力を維持強化するために練習するのです。

 

(注2)
変異ベクトルは中小企業の経営者がどのように競争資源の動かしているか、ということから考え出されたものです。
場所はトイレの中でリラックスしていた時です。
数年後、進化論に辿りついたとき、生物もこのパターンに従って変異するということに思い当りました。
企業も4つのパターンに従って変異しているのだから生物もこのパターンに従って変異しているに違いない・・・そう思い図書館に行って生物学の本をあさりました・・・当初、簡単に見つかるだろうと思っていました。
4つのパターンのいくつかに触れている生物学者はいるのですが、4つのパターン全てについて触れている生物学者はとうとう見つかりませんでした。
どれか一つ欠けているのです。
しかし、何人かの生物学者の説明を統合すると、この4つのパターンになります。