3-3 戦略論の統合・・・戦略論の偏りを知る

変異ベクトルによる理論の統合

 

統合の枠組み
研究者が競争のケースを分析し、それを再構築際にはその研究者特有の偏向が必ず入ります。研究者は、たくさんのケースを分析し、その中の成功事例をとりあげては戦略の原理とします。
しかしながら、経営者はあの手この手といろいろな手法で競争しますので、ケースの数は数え切れないくらい(企業の数ほど)あり、成功事例も山ほどありますので、全ての成功事例を分析することはできません。
そこで、成功事例の「部分」をみて、戦略の原理としてしまいます。
成功の事例以上に失敗の事例がありますので、自らよって立つ理論に反する「失敗事例」を見つけだすのは比較的容易です。
成功事例と同じ方法で失敗した事例や、失敗事例と同じ方法で成功した事例など見ないのかもしれません。

ポーターの構造論とバーニーの資源論は対立しているのですが、「サウスウエスト航空」の成功は対立する双方のケース(事例)として取り上げているということはすでに述べました(3-2 なぜ戦略論は偏るのか)。
しかし、すでに対立している理論をどのように統合するのでしょうか?
分類や網羅は統合ではありません。
統合という言葉を辞書で引くと「いくつかの物を一つにまとめあわせること。」とあります。(Weblio 辞書 三省堂 大辞林 http://www.weblio.jp/content/%E7%B5%B1%E5%90%88)

しかし、互いに反発し、論争さえしている「理論」を一体どのように統合したらよいのか???

これは統合した後に気が付いたことなのですが、理論の統合には少なくとも2つの方法があります。
1 システム全体を見渡し、システムの上位概念と関連付ける。
2 システム全体を見渡し、一般的な性質を説明する典型的なパターンを見出し、これらと関連づける。

従来の戦略論はこれとは逆の方向、つまり企業の戦略的行動を分解し、より深く研究するという方向で展開されてきました。
これでは、人間の行動にそもそも矛盾があるため、深く研究すればするほど対立や矛盾点も深くなります。

セレクション・ネットワーク・システムでは個別企業の上位概念である、「企業の生態系」という構造的側面から戦略論を統合しました。
セレクション・ネットワーク・システムを通して戦略論を眺めると、全ての戦略論が、ある一つの方向からセレクション・ネットワーク・システムにおける企業の戦略的行動を眺めている、つまり全ての戦略論が部分的であるということが見えてきます。

変異ベクトルでは資源的側面から戦略論を統合します。
資源といっても、競争資源の動きのパターン=変異ベクトルに関連付けて統合するのです。
資源的側面(資源の動き)から戦略論を統合すると、全ての戦略論が偏っている、ということが見えてきます。

従来、戦略論は相互矛盾し、対立していると目されてきましたが、矛盾や対立の本質が戦略論の「偏り」であるということが見逃されてきたのです。

 

理論の統合
詳細はケースで述べるとして、図をみると、現在の理論や技法がかなり「偏っている」ということが分かると思います。
むしろ、意図的に偏らせることによって、自説の特異性を際立たせようとしているのではないかとも思われてくるのです。

これでは理論のトレードオフです。
確かに理論のトレードオフを行うと、その理論は際立った特異性のある理論となります。戦略論の分解はこのようにして始まります。

「3-1 変異ベクトル・・セレクション・システムにおける変異の法則」でも示しましたが、変異ベクトルによる理論の偏りを見てみましょう。

「トレード・オン」というのは最近の戦略論でよく見かける言葉ですが、私はむしろ「戦略論そのものがトレード・オンされるべき」と考えています。
従来、それぞれのベクトルが示す理論は「全くの別物」として個別に論じられてきました。

統合化された視点からは、これらの理論を統合的に自社の戦略に組み入れることができます。
つまり、ある競争資源を強化し、ある競争資源を差別化したり、退化させたり、さらにある競争資源については安定させたりと、異なる理論を同時並行的に考えることができるのです。

分解された理論では、イノベーションとベンチマークは相反する概念であると考えられています。
実際に開発系の理論ではベンチマークを格好の批判対象にしているのです(「ブルーオーシャン戦略」、「日本の競争戦略」(ポーター)、「コア・コンピタンス経営」Gハメル&ブラハードなど)。
しかし、統合化された視点からは、イノベーションとベンチマークは同時並行的に実行できることがわかりますし、現実に企業家は同時並行的に行っているのです。

 

スティーブ・ジョブズを例にとってみましょう。

アップルのゼロックスPARC見学は、往々にして業界史上最大級の強盗事件だとされる。
ジョブズ自身、この見方を誇らしげに肯定する。・・・・
ピカソも、『優れた芸術家はまねる、偉大な芸術家は盗む』と言っています。我々は、偉大なアイデアをどん欲に盗んできました」
(スティーブ・ジョブズ1 ウォルター・アイザックソン著 井口耕二訳 講談社 2011年11月 p165-166)

これはベンチマークの極みでしょう。しかも、盗むことを肯定しておきながらゲイツには次のようなことを言っています。

「おまえがしているのは盗みだ!信頼したというのに、それをいいことにちょろまかすのかー!」
ゲイツはじっと座り、スティーブの目を冷静に見かえしていた。そして、ちょっと甲高い声で伝説となる一言を投げ返す。
「なんと言うか、スティーブ、この件にはいろいろな見方があると思います。我々の近所にゼロックスというお金持ちが住んでいて、そこのテレビを盗もうと私が忍び込んだらあなたが盗んだあとだった――むしろそういう話なのではないでしょうか」
(スティーブ・ジョブズ1 ウォルター・アイザックソン著 井口耕二訳 講談社 2011年11月 p280)

これはベンチマーク否定ですね。

ジョブズの得意技に〝集中〟がある。
「なにをしないのか決めるのは、なにをするのか決めるのと同じくらい大事だ。会社についてもそうだし、製品についてもそうだ」
(スティーブ・ジョブズ21 ウォルター・アイザックソン著 井口耕二訳 講談社 2011年11月 p86)

これはベンチマークが嫌いなポーターのいうトレードオフです。
しかも、集中だ!何をしないのかが重要だ!、と言っておきながら、音楽配信や携帯電話産業にまで事業を拡大しています。

 

イノベーションのかなりのもの(全てではない)はベンチマークによっても説明できるのです。
フォードのベルトコンベア式の大量生産システムは、世界中の工場に生産革命をもたらしました。これをイノベーションと呼ばない研究者はまずいないと思います。
しかしこのイノベーションは肉の解体工場のベンチマークです・・・・・
統合化された観点からは、それぞれの個別理論は対立しません。
ただ、偏っているだけなのです。
理論を分断し、偏らせているのは研究者で、偉大な企業家は必要とあらばどのような偏りも統合的に採用してしまうのです。

 

学説の統合
ここでは著名な学説を見ていきます。
ポーターの見解
ポジショニング・アプローチの提唱者、ポーターは基本戦略としてコストリーダーシップ(低コストで競争優位を築く)、差別化、集中の3つを挙げています。

集中戦略については「ここで、集中とは特定の買い手グループとか、製品の種類とか、特定の市場地域とかへ、企業の資源を集中する戦略である。」そして「集中を果たした企業は、また、その業界の平均を上回る収益が得られるはずである。
集中がうまくゆくと、その絞られた戦略ターゲットについて低コストが得られるか、差別化に成功するか、両者同時に達成できるからである」(競争の戦略 M.E.ポーター 土岐坤 中辻萬治 服部照夫訳 ダイヤモンド社p61)と集中の重要性を強調しています。
そして、「戦略とは、顧客に価値を提供する上で、トレードオフ(二者択一)を行うことである」とし「何をしないかという選択が、戦略の核心である」ともしています。(日本の競争戦略 M.E.ポーター 竹内弘高-共著 榊原磨理子-協力 ダイヤモンド社)
このことから、「切捨てる」ことを強調し、変異ベクトルの「放棄・退化」に重心があるのがわかります。

コストリーダーシップと差別化ですが、このうちコストリーダーシップは生産効率の向上によって主に達成されます。ところが、「オペレーションの効率化は戦略ではない」(しかも第2章「戦略とは何か」の第1節のタイトルになっている)(競争戦略論Ⅰ マイケル・E・ポーター著 竹内弘高訳 ダイヤモンド社
1999年6月p76)ですとか、「改善・改良」によって成功してきた日本企業に対しては、競争戦略論Ⅰで「戦略を持たない日本企業」(しかも、これはコラムの題名!)と断定しています。従ってポーターは「改善・改良」は重視していないといえるでしょう。
さて、差別化ですが、「競争戦略の本質は差別化である」(競争戦略論Ⅰ マイケル・E・ポーター著 竹内弘高訳 ダイヤモンド社 1999年6月p76)とし、差別化を重視しています。
差別化は主に他の企業にない「新兵器の開発」によって達成されます。そして、これは戦略論全般についていえることですが「安定」はほとんど無視されています。
以上から、「放棄・退化」と、「新兵器の開発」に重心が置かれているのが分かります。

 

ハメル&プラハードの見解
1980年代、日本企業は躍進し、様々な産業で日米逆転が起きました。何も戦略なしで成長できるのか?
このような疑問から、ハメル&プラハードは当時躍進していた日本企業を研究し「コア・コンピタンス経営」を提唱しました(実際に、戦略なしのトヨタは成長を続け、売上高でGMを抜いて世界最大の自動車メーカーになり、GMは破綻してしまいました)。

 

バーニーの見解
ここでは、バーニーの理論のうち、最も特徴的である資源アプローチ(resource based view)について取り上げます。資源アプローチの基本的枠組みは次のようなもので、VRIOフレームワークとよばれています。
V 経済価値(value)
R 希少性(rarity)
I 模倣困難性(inimitability)
0 組織(organization)
バーニーは企業の資源に経済的な価値があり、それが希少性があるものであり、他社にまねができず、これを活用するための組織の活力が整っているときに、企業の経済的パフォーマンスが高いと主張しました。

・経済価値がある
そもそも、競争的資源(注)として図に取り上げられるということですので、図上では説明していません。
・希少性がある
その資源が他社と比べて優れている。
・模倣困難性
優れているとこで安定しているおり、しっかりとした防衛線(注)が築かれている。
・組織
競争資源を高める、あるいは活用するための組織の能力が高い。これ自体が希少性と模倣困難性がある競争資源ですが、状況に応じて変異しやすくなる、つまり環境に応じて変異ベクトルを有効に出しやすくします。

 

ポーター、ハメル&プラハード、バーニーの3つの主張を統合するとかなりバランスがとれるようになります。
・・・従来、戦略論はさまざまな観点から論じられてきました。
これらを統合化する動きはあるのですが、単にそれぞれの学説を列挙するだけで、統合には成功していないようです。
田の字に分解することや、学者の意見の違いを列挙することはできるのですが、理論を横断的、統合的に説明しうる枠組みがありませんので、(これは重要ですが)戦略論のさまざまな学説を統合できないのです。
ポーターもハメル&プラハードもバーニーも、競争資源の4つの方向に関する競争原理を説明しきれていません。
変異ベクトルに照らし合わせると理論の偏りが見えてくるのです

(注)
競争資源、防衛線については後にご紹介しています