4 ナンバーワン至上主義・・・「ナンバーワン」という「トリック」

ナンバーワン至上主義
戦争ではクラウゼヴィッツや孫子(そしてランチェスター)が言うように「規模の経済」が支配しているため、ビジネスの世界でも「規模の経済」が厳然と支配していると考えがちです。そして、この考えは半分当たっています。半分どころか7割か8割程度、当たっているかもしれません。業界ナンバーワンの収益性がナンバーツーの収益性より断然よいという現象はそこかしこに見られます。
だからこそ、戦争の理論のメガネをかけてビジネスをみると、何が何でもナンバーワン、さらにはナンバーワン以外はスクラップ(クズ)、という幻覚がみえてきてしまうのです。
ポーターも「マーケット・シェアが最大の会社は収益性も最大になる、という考え方が最近の戦略論でもてはやされるようになってきた」(競争の戦略 M.E.ポーター 土岐坤ほか訳 ダイヤモンド社 1982年10月 p203)といっています。ポーターの「競争の戦略」自体が1980年に上梓されていますので、1970年代にはこのような考えがもてはやされるようになったのではないかと思われます。

 

このようなナンバーワン至上主義に対するポーターの答えは・・・・「これまでの分析では、この考え方が正しいかどうかは、状況によって異なるということになっている」・・・・です。そして、次のような調査結果を提示しています。

驚くべきことに、38の業界のうちの15で、追随企業の方がリーダー企業よりも高収益をあげている。追随企業のROIのほうが高くなっているのは、一般的にいって、規模の経済が小さいか、全く発揮できない業界(衣服、靴、陶器、肉製品、カーペット)、または非常に細分化された業界(眼鏡、光学製品、酒、雑誌、カーペット、玩具およびスポーツ用品である。リーダー企業のROIの方が高いのは、一般的には広告量の多い業界(石けん、香水、清涼飲料、シリアルなどの小麦粉製品、刃物)、または、研究費が多く、生産に規模の経済が発揮できる業界(ラジオ、テレビ、薬品、写真用品)である。この結果は、われわれの予想どおりであった
(競争の戦略 M.E.ポーター 土岐坤ほか訳 ダイヤモンド社 1982年10月 p205)
注)ROI=Return On
Investment  投資利益率, 投資対効果

ポーターは38業界のうちの15で、ナンバーツー以下の企業がナンバーワンより収益性が高いと指摘しています。しかし、何が何でもナンバーワンという戦争の理論のメガネをかけてこれを見ると、ナンバーワンが高収益をあげている25の業界しか見えなくなり、ポーターが「驚くべきこと」としている、残りの15の業界は消えてなくなります。そして(中小企業の経営者にとっては非常に重要なことなのですが)メガネを通して消えてなくなった15の業界こそが、中小企業がひしめく業界・・・・ポーターのいう「多数乱戦」の業界なのです。

 

アドバンテージ・マトリクス
アドバンテージ・マトリクスは「競争要因が多いか少ないか」「競争優位の可能性が大きいか小さいか」という観点から業界を4つのタイプに分類したもので、BCG(ボストン・コンサルティング・グループ)が開発ました。
アドバンテージ・マトリクスを見てもわかるとおり、分散型事業と規模型事業では事業の特性が異なります。


図では、分散型事業≒中小企業型 規模型事業≒大企業型 としています。

 

分散型事業
競争要因が多数存在するが、圧倒的な優位性構築が困難で事実上大企業のいない事業。
小規模な段階では高い収益性を得ることができるが、事業規模を拡大すると収益性が低下する。
競争要因としては、品質、価格、店舗の雰囲気、立地条件などあるが、店舗経営者の資質が収益性を左右する場合が多い。
(例)レストラン、ブティック、零細小売業。

 

特化型事業
競争要因が多いが、特定の分野でユニークな地位を築くことで競争優位が保て、収益性が確保できる事業。通常、市場がニッチなので大企業にとっては魅力がない。
(例)特殊専門雑誌業界、計測機器業界、医薬品業界。

 

手詰り型事業
かつては規模型事業であったが、大規模化が進み企業間のコスト格差がなくなり優位性の構築が難しい事業。経済が成熟してくると多くなる傾向がある。
(例)鉄鋼業界、セメント業界、石油化学業界などの素材メーカーに多く見られる。

 

規模型事業
競争要因は比較的単純で規模(シェア)が中心であり、規模の利益を追求することで優位性を構築できる事業。
(例)自動車業界、半導体業界

 

ランチェスター戦略のトリック
証券取引所に上場する動機は、社会的知名度の向上、従業員の採用を有利にする、などいろいろあるのですが、もっとも大きな動機は何といっても資金調達です。規模の経済が働く事業では、企業は設備投資、あるいは合併・買収を繰り返し、大型化していくのですが、そのためには資金が必要です。資金調達を有利にするために企業は上場し、以前にもまして大型化していきます。
さらに、企業が上場するためには証券取引所の審査が必要で、一定の規模以上でなければ上場はできません。
従って、上場企業の多くが規模型事業(大企業型)に属していると考えてよさそうです(一般的にも上場会社≒大企業と考えられています)。

 

さて、ランチェスター戦略では「上場企業を見てみろ」といいます。
言われたとおり、上場企業を見てみます
次に「上場企業では業界ナンバーワンの収益性が、ナンバーツーより高いだろう」と言います。
確かに、その通りです。上場企業の大半が規模型事業に属していますので、規模が大きい企業の方が収益性はよくなります。
そして「これは中小企業にも当てはまることで、中小企業でもナンバーワンの収益性は、ナンバーツーより高いのだ」と主張します。
しかし、アドバンテージ・マトリクスをご存じの方は、このトリックを易々(ヤスヤス)と見抜いてしまうのでした。ご存じでない方はもう一度アドバンテージ・マトリクスをご覧ください。規模型事業(大企業型)の事業特性を分散型事業(中小企業型)に持ち込んでも良いのでしょうか?分散型事業はポーターのいう多数乱戦型の業界に相当します。ポーターは多数乱戦型を「規模の不経済が致命的」としているのです。・・・であれば中小企業がひしめく多数乱戦型の業界で、ナンバーワンの収益性はナンバーツーより良いとは限らないのです。
あるランチェスター戦略の研究家はポーターの「競争の戦略」を200回も読んだと言います。戦争の理論のメガネをかけてこの本を読んだのでしょうか?どうやら同書の265ページに書かれている「規模の不経済が致命的」という文章が消えてなくなっていたようです。このメガネの欠点は、偏向(偏光)性が強いため、自説に都合の悪い文章が「消える」という点にあります。ランチェスターの法則(やOR(オペレーションズ・リサーチ))を駆使しても、多数乱戦型の業界は説明できないのです。「説明できないものは見えない」これがこのメガネの特徴のようです。
(そもそも、ランチェスターの法則を絶対視して、この法則で、二人三脚やチアダンスの競技会、ウサギとカンガルーの生存競争、ミスコンテストや合唱コンクールなどなど、全ての競争を説明できると考えること自体が無謀なのです)
・・・正誤表を作成してみました。

ランチェスター戦略 アドバンテージ・マトリクス
規模型事業
≒大企業型
ナンバーワンはナンバーツーより収益性が高い  ナンバーワンはナンバーツーより収益性が高い 
分散型事業
≒中小企業型
ナンバーワンはナンバーツーより収益性が高い  ナンバーワンがナンバーツーより収益性が高いとは限らない 

戦争という直接闘争の理論が、何のトリックもなしで、間接競争である企業間競争に当てはまる訳がないのです。

 

誤った前提から導き出される誤った結論
ランチェスター戦略の手法のほとんどは、コトラーの手法に従っていますので、害はありませんし、むしろ有用です。
しかし、中には誤った前提から、驚くべき結論が導き出されています。
・経営理念などはいらない・・・・そんな訳がありません
・会計の重要性は1%以下・・・・時にはソロバン勘定の重要性は120%以上になります。

 

ナンバーワンという言葉は明確です。しかし、「日本制覇」や「世界制覇」という言葉と同じくらい曖昧です。敵が見えていないからです。
やはり軍事の格言には気をつけた方がよさそうです。
ちなみに間接競争の正しいやり方は、敵を具体的に想定して、敵に対して多様な間接競争を「直接的」に仕掛けることです。そして、この競争では、敵と味方の双方が勝利するという可能性さえあるのです。ナンバーワンは後からついてくるのです。